研究者インタビュー
転写因子 C/EBPαと C/EBPβが制御する定常時とストレス時造血モード切り替え機構の解明
2023年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
2012年に、現所属先の平位秀世教授がPIとして研究をしておられた、京都大学輸血細胞治療部(前川平先生)の研究グループに加わったことがきっかけで、転写因子C/EBPの造血における役割をテーマとして取り組むことになったのが始まりでした。現在の分野に進むことになった経緯とも関連しますが、元々自分自身強く興味があったのは、生体内の血液細胞が、細胞自身によって、一定の基準範囲に収まるように、その数を厳密に制御している機構でした。偶然にも、私が取り組むこととなったC/EBPファミリーにおいては、C/EBPαとC/EBPβが、白血球の1つである好中球の産生において、まさにそのような機構を制御する重要な因子であることが明らかになっていました。
C/EBPαは定常時の好中球造血に必須であり、Cebpa欠損マウスでは好中球を完全に欠く一方、Cebpb欠損マウスでは定常時の好中球産生は障害されません。興味深いことに、炎症や感染時など生体の緊急事態においては、C/EBPβは造血幹細胞・前駆細胞において発現レベルや活性が上昇し、標的遺伝子の発現誘導を介して、造血幹細胞・前駆細胞の増殖と好中球分化を誘導し、結果として好中球の大量かつ速やかな産生を引き起こします。興味深いことに、この反応はC/EBPα遺伝子が欠損した状態でも起こります。このことから、C/EBPαは定常時に基準範囲に収まるように厳密に制御された好中球産生をコントロールしているのに対して、C/EBPβはその制御を解除して生体防御のために大量の好中球を速やかに産生する反応をコントロールしていると考えられます。
これらを踏まえて、この研究課題では、炎症の発動・持続・収束の過程において、どのようにC/EBPαによる定常時造血モードからC/EBPβによる緊急時モードに切り替わり、その後定常時モードに戻るのか、また炎症の発動〜収束の経過の中で、C/EBPαとC/EBPβが造血幹細胞・前駆細胞のレベルでどのような役割を担うのか、その機構と意義を明らかにしたいと考えています。
研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください
子供の頃から、古代文明や天文学、古典文学を学ぶのが好きで、漠然とそういった「学問に携わる人」になりたいと考えていました。高校3年生に進級する際に、理系・文系コースどちらかを選択する必要があり、悩んだ結果、理系コースを選択しました。文系コースに進んだ場合、理系コースで学ぶような化学・物理・数学を独学で学ぶことは(自分にとって)非常に難しいだろう、と考えたからでした。その時は、理科の教科の中では生物が最も好きでしたので、理学部生物学科に進もうと考えていました。当時の生物IIIの科目で、血液細胞が出てきた時、今でもなぜか分かりませんが、非常に強く興味を惹かれました。たった一種類の造血幹細胞から、形態も機能も非常に多様な細胞が体内で産生され、それが全身に張り巡らされた血管内を循環していることが不思議で仕方なく、またその仕組みがどうなっているのかを知りたいと強く思いました。そこで、自分は血液学の研究者になること、そのために大学院で博士の学位を取得することを目標にすることにしました。
大学学部生の時、血液学の先生が講義でおっしゃっておられた言葉も、私の研究の動機の根幹を成す、極めて重要なものとなっています。健常人の末梢血中の血球数は、基準範囲内におさまっていますが、それは細胞自身による自己制御によってなされており、どのようにそんなことが可能となっているのか、それはとても不思議で凄いことなのだ、というようなことを非常に面白そうにおっしゃっておられました。それは私が研究を行う上で、いつも立ち返る疑問、好奇心の源となっていて、この分野で研究を続ける原動力になっています。
これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください
大学学部生の時、実習・講義で指導いただいた先生のお一人ですが、その先生は他大学にご栄転で異動となることが決まっており、最後の講義でかけてくださった言葉です。「この先生の下で勉強・研究したいと思ったら、恐れずに自分から扉をノックしに行くべきこと。君たちの前にはたくさんの扉が有り、その扉をノックしに行く権利がある。そこで扉を開いて快く迎え入れてくれる先生の下で学びなさい」という内容でした。当たり前のようでいて、私にとっては背中を強く押していただけたような、心に響くものでした。その言葉は、これまでの自分の転機となる数々の場面、また今でも、自分の背中を押し続けて、勇気づけてくれる言葉です。
私はこれまで一緒に仕事をさせていただいたり、指導いただいた先生に大変恵まれてきました。誰よりも熱心で論文を読んで膨大な知識をお持ちなのに謙虚な姿勢を貫く先生、学生のことを「対等な共同研究者」としてdiscussionの際に尊重してくださる先生、どんなに遅くなっても最後まで実験が完遂するようにサポートして見届けてくださる先生、のめり込むあまり深刻になりすぎないように研究を楽しむ・Happyでいることが大事、と身をもって教えてくださった先生など。これらの先生から学んだ様々な要素を寄せ集め、自分自身が追求する「理想のこうあるべき研究者とは何か」を形成してきたように思います。
大学院生、博士研究員、留学、大学教員と自分のキャリアを形成してきた中で、東京薬科大学に来る前は、どんなに大変で時間のかかる実験でも、重要な目的のためであれば諦めずに完遂する、ということを常に自分自身はやってきました。今は、自分と共に多くの若い学部生・大学院生の方が研究をしてくれていますので、そのようなスタイルだけでやっていくのは難しいと思います。彼らの最終目標もモチベーションも様々ですが、基礎研究の面白さ、没頭することの楽しさ、これまで分かっていなかったことを解明することの素晴らしさを、一緒に体験してもらえたら良いなと考えています。自分自身のペースだけで進められないことに最初は戸惑ってしまい、どうしたら良いのかと悩んだ部分もありましたが、学生さんと一緒に研究することで、気づけること、学べること、チャレンジできること、励みになることも多く、自分自身のキャリアの中で重要な経験となっています。
今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします
これまでを振り返ると、人との繋がり・関わりで、自分のキャリアも研究も、本当に大きく前進していくことができましたし、助けていただいてまいりました。研究者としては、自分自身の中で考えること、自分自身でやっていくこと、も極めて重要で、その点ではプレッシャーも大きいものがありますが、タフに働き続けるといっても、できることは限られています。上司や同僚、また同じ研究分野の先生方だけでなく、指導する学生さんと共に進めていくことで、できることも、見えてくることも、飛躍的に広がっていくと思います。
将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください
自分自身が研究者を志した根源となる、「たった一種類の造血幹細胞を基にして、どのような仕組みで様々な血液細胞がその数を厳密にコントロールされながら産み出されるのか?」という問いに対して、たとえ小さな発見であっても、その一端でも明らかにしたいというのが夢です。そして、その発見を基に、さらに大きな発見や新しい発見が、自分自身だけでなく、これから続く研究者の方によって成されれば、研究者として幸せなことである、と考えます。
また、本研究課題で取り上げている、C/EBPαとC/EBPβの定常時・炎症時の造血制御における役割とその切り替え機構についてですが、私たちのこれまでの研究において、マウスへの炎症性サイトカインや感染刺激によって、造血幹細胞・前駆細胞におけるC/EBPβの発現は一過性に上昇してその後低下しますが、C/EBPβ の発現が上昇するタイムポイントではC/EBPαの発現は逆に低下する場合を認めます。両者の発現制御の機構、また両機構を繋ぐような仕組みがあるのかどうか、についても、細胞レベルまたマウス個体レベルで探究していきたいと考えています。
Profile
2023年度 化血研若手研究奨励助成
横田 明日美
東京薬科大学生命科学部 幹細胞制御学研究室
助教