研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

梅毒トレポネーマの外膜タンパク質の生合成解析法の構築と阻害剤探索

2023年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 多くの生命活動を司るタンパク質が正しく機能するためには、働くべき場所への輸送と正しい立体構造形成(フォールディング)が必要不可欠です。私は、この現象について再構築系を用いて研究してきました。再構築系とは、特定の現象に必要な分子システムのみを調整し、その反応を試験管内で再現する方法です。細胞というのは、2万種類もの分子が複雑に関わり合う環境であり、一つの反応に着目するには複雑すぎます。再構成系は、焦点を絞って解析することでより精密な理解が目指せます。

 近年私は、グラム陰性菌の外膜に存在するβバレル型の膜タンパク質の輸送とフォールディングに注目しています。βバレル型膜タンパク質は、菌の生育や、我々への感染に重要であり、創薬標的としても魅力的です。私は、この種のタンパク質の輸送・フォールディングの再構成系として、EMMアセンブリーアッセイを開発しました。EMMアセンブリーアッセイでは、輸送とフォールディングを解析するタンパク質は、人工的に合成したものを使用するため、菌の種類を問わず解析することができます。細菌感染症研究の第一歩は単離培養ですが、今回の助成テーマである梅毒のように単離培養が達成されていない菌もあります。しかし、私の再構築系では解析対象のタンパク質の合成は、ゲノムプロジェクトなどで得られている遺伝情報をもとに人工的に行うため、単離培養の必要がありません。そこで今回の助成テーマでは、再構築系を用いて梅毒の原因菌であるTreponema pallidumのβバレル型膜タンパク質の輸送・フォールディングに関する分子機構の解析と薬剤探索を通して、新規治療法の開発の基盤を構築することを目指しています。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 大学の4年間はアメリカンフットボール部に所属していました。落ちこぼれ選手であった私にとって練習はしんどいもので、練習が休みの日を楽しむという毎日でした。OBで社会人になった先輩からも仕事は辛いという話をよく聞いており、当時の自分は「将来は辛い仕事について休日を楽しむんだろうな」という漫然とした固定概念を持っていました。しかし、大学4回生の時に当時の指導教員であった甲南大学理工学部の渡辺洋平先生のもとで卒業研究を始め、先生が本当に研究を楽しんでいる姿を見た時に、世の中にはこんな仕事もあるのかと目から鱗が落ち、自分がそれになれる自信はないものの研究者という生き方に興味を持つようになりました。渡辺研究室はSmall Labで先生から直接研究の手解きを受けられました。この経験は、今でも財産になっています。現在、私の研究室では、できるだけ私が実験を直接学生に教えるようにしていますが、理由はこのためです。

 当時は、タンパク質の一生や、タンパク質の社会といったキーワードのもとに細胞内でのタンパク質の挙動を詳細に解析する研究が盛んに行われており、その中心的な人物であった名古屋大学(現・京都産業大学)の遠藤斗志也先生の研究室の門を叩きました。遠藤研では、出芽酵母を用いてミトコンドリアのタンパク質の輸送やフォールディングの研究を単離ミトコンドリアによる再構築実験で行いました。これが私の現在の研究テーマにつながっています。遠藤研では、多様な先輩からキャリアパスを学ぶとともに、遠藤先生の幅広いコネクションのもと世界中の研究者とディスカッションする機会を得ることで、海外で研究したいと思うようになりました。しかし、この時はまだ自分が研究を一生の生業とできるほどの自信はありませんでした。

 学位取得後のポスドク先は、オーストラリアのTrevor Lithgowのラボでミトコンドリアとバクテリアの両者に存在するβバレル型の膜タンパク質の輸送の研究に従事しました。Trevorラボでは、ディスカッションの末、バクテリアのタンパク質の輸送をミトコンドリアでの研究の視点で解析できないかということになり、EMMアセンブリーアッセイを開発しました。このアッセイに可能性を感じ、研究者として独立したいと思い、現在に至ります。

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 Trevorラボでは、遠藤研でのテーマを一つ継続して実施させてもらいました。このテーマでは、ミトコンドリアの外膜にあるタンパク質の輸送チャネルであるTOM複合体について、細胞内で実施する架橋法によってタンパク質間の距離を正確に解析することで、その分子形態を明らかにするとともに、その分子形態中のどこを輸送されるタンパク質が通るのか?について研究を行いました。当時、ドイツのKlaus Pfannerのグループも類似の研究を進めており、協議の末、共同で論文を発表することができました(Shiota et al, Science 2015)。この論文では、国際的な競争や協力の重要性を認識できたことが大きな財産になりました。

 加えて、この論文は私に大きな贈り物をくれました。それは研究室立ち上げ時に私のグループに参画してくれたポスドク、Edward Germanyとの出会いです。彼は、私の遠藤研時代の先輩が主催した日本での学会に参加しており、話す機会を持つことができました。その際に、私の論文を読んでくれていたことを知り意気投合することができました。そして、彼が学位取得した際に私のラボへの参画を希望してくれました。立ち上げ時は、人のリクルートに大変苦労するものですが、良き人材と研究できたことは、独立後のスタートダッシュの大きな助けとなりました。

「Monash大学研究棟中庭にてTrevor研究室のメンバーと」

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 私自身まだまだ若手研究者だと思っていますので、エールというよりは一緒に頑張りましょうという気持ちです。現在では競争的資金や研究者のタレント化が進む中で他人と比較する機会が多くなってしまっている気がします。そんな中でも、自分や自分の研究対象と向き合って、あくまで相手を間違わず、日々を大切に過ごしていけたらと思っています。また、皆さんがそういう時間を少しでも長く取れれば良いなと祈っています。

 留学時に、Trevorからは「ひとつひとつの論文発表や学会発表を大切にしましょう、必ず誰かが見てくれています。」というアドバイスをもらいました。研究費申請では、どうしても申請書の内容に集中しがちですが、審査員の先生が学会発表の会場にいるかもしれませんし、発表した論文を読んでくれているかもしれません。なので、私自身、日々の研究活動を大切に過ごしたいと考えています。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 大きな流れや流行りに振り回されず、自分が面白いと思える研究を自分がコントロールできる範囲で、実施し続けることが夢です。テーマとしては、タンパク質の輸送やフォールディングに興味があるので、それを実現している生命がもつ精巧な分子システムを明らかにし続けたいです。また、そういった研究活動の中でグループのメンバー全員の幸せを願っており、その一助となれるように努力し続けられれば幸せです。

 本助成に関連するテーマとしては、梅毒の外膜タンパク質の再構成系の開発と、阻害剤探索を通して、培養できなくとも機能解析や薬剤開発が可能になるシステムの構築が一般的になれば良いと考えています。また、再構築系のスクリーニングにより薬剤リストを作成しておくことで、パンデミックに対応しうる情報源の整備の基盤になればと考えています。

「宮崎大学 幹細胞制御学研究室のメンバーとEMMポーズ!」

Profile

2023年度 化血研若手研究奨励助成
塩田 拓也

宮崎大学フロンティア科学総合研究センター
准教授

研究者インタビュー一覧に戻る