研究者インタビュー
TLR7が誘導する非炎症性応答の誘導メカニズムの解明
2023年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
私たちの身体は、外部から侵入した病原体や日々生じる死んだ細胞を適切に処理することで健康を保っています。この役割を果たす細胞の一つがマクロファージです。マクロファージは体内に生じた異物を貪食により消化酵素を含むリソソームへと取り込み、そこで分解・消化を行います。またリソソームに分布するセンサーを介して異物の分解産物をモニターすることで様々な免疫応答を誘導する役割も果たします。私たちは、マクロファージのリソソームに発現するタンパク質であるToll Like Receptor 7 (TLR7) がRNAの分解産物であるヌクレオシドを認識するセンサーであること、およびリソソーム内にヌクレオシドが蓄積することで過剰なTLR7応答が誘導され、その結果としてマクロファージの異常な増殖や蓄積が起こる組織球症という病気が誘導されることを発見しました。またTLR7の活性化ではサイトカインの産生が誘導されると考えられていますが、ヌクレオシドの蓄積に伴うTLR7の過剰応答では、細胞の増殖およびT細胞やB細胞の活性化を特徴とする獲得免疫応答が選択的に誘導されることに私たちは気付きました。本研究では、こうした新たなTLR7応答を「TLR7ストレス応答」と名付け、同応答の誘導メカニズムや生体内における意義を明らかにしていきます。
研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください
子供の頃は、様々な生き物を飼育して観察するのがとても好きでした。どの様な生き物かというと、亀、ドジョウ、オタマジャクシやカエル、ザリガニ、サワガニ、カブトムシ、コオロギなど、身の回りで見付けられる生き物は何でもです。こうした生き物の生態を調べてその理由が理解できるのがとても楽しかった覚えがあります。
生き物についてより知りたいという思いから、大学では獣医学を専攻しました。そこで病理学の教室に所属したことから、多くの病気の原因は未だ不明であり、適切な治療法も確立されていない現実を痛感しました。また病理学を学ぶ中で、特に免疫と病気との繋がりが意外にも良く解っていないことを知りました。そこで博士課程からは免疫学を専攻し、免疫応答を誘導する分子メカニズムを解明するところから私は研究を始めました。それから20年間の研究期間を経て、ようやく免疫応答と疾患との関係を解明できるところに手が届きつつあるのかなと感じています。
これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください
博士課程に入学したばかりの頃、初めてのテーマの一つがノックアウトマウスをES細胞から樹立するというものでした。最初の頃はサザンブロッティングで上手くバンドが出なかったり、ES細胞で遺伝子組み換えを起こしたHomologous Recombinantのスクリーニングに何度も失敗したり、Homologous Recombinantから樹立したマウスがGerm Lineに乗らなかったりとありとあらゆるところでつまずいていました。それでも何とか一通りの実験系を確立し、ポスドクの頃までには遺伝子改変マウスをどんどん作製できるようになっていました。その矢先、今度は簡便に遺伝子改変が出来るCRISPR/CASシステムが登場し、遺伝子改変は誰でも可能な時代となってしまいました。その時はこれまでの苦労は何だったのかと感じていましたが、その頃に試行錯誤して培った技術力があったおかげで、CRISPR/CASシステムを含めた様々な実験系の導入を非常にスムーズに進めることが出来ました。結果として、現在も研究を続けられているのは、あの時に諦めることなく試行錯誤を続けられたからだと今は感じています。努力したことはどこかで必ず役に立つと信じて、これからも新たなことに挑戦し続けたいと思います。
今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします
昨今、日本の研究力の低下が様々なところで報道されるのを目にします。この状況を覆していくには若手研究者の自由なアイデアと挑戦する力が不可欠です。その為にもより多くの博士取得者に研究を続けていって頂きたいと思っています。研究を続ける中で、結果がなかなか出ずに悩む時期が誰にでも訪れると思います。私自身にもそのような時期はあり、その時に取り組んでいたテーマで続けて良いものかと思い悩みもしました。私の場合、メンターである三宅教授が紹介してくれた分野の異なる構造生物学の研究者と共同研究を始めたことが突破口となり、今の仕事に繋がっています。またラボの仲間や共同研究者が率先して自分をサポートしてくれたこともとても幸運でした。
特に若手の皆さんには、ぜひ異分野の研究者との交流を大切にしてほしいと思います。今の時代、多角的な解析が研究の成否を分けるようになってきています。異なる分野の知識や技術の導入により、思わぬ発見や新たな道が開けることもあります。そして若いうちは、周囲にサポートしてくれる方がいるのであれば遠慮せずに受け入れ、失敗を恐れずに挑戦し続けてもらいたいと思います。より多くの若手研究者の皆さんが、日本における科学技術の未来を支える存在になることを心から願っています。
将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください
私は獣医学を学んだ経験から、生体が病気を発症するメカニズムに深く興味を持っており、これまで一貫して病原体センサーの機能や制御に関わる分子メカニズムの解明に携わってきました。研究を始めた当初、研究内容は病原体センサーの機能を主に細胞レベルで解析するものであり、病原体センサーの生体内における恒常性維持や病態における意義を思ったように明らかにできていなかったと思います。最近ようやく、in vitroの解析を通じて発見したメカニズムの一つがヒトの希少疾患の原因となることを明らかにすることができ、ようやく論文として発表することが出来ました。またここ数年、精力的に研究を進めてきた核酸を認識する病原体センサーが全身性エリテマトーデスなど自己免疫疾患の発症に深く関わることが次々と報告され、こうした疾患の発症に私がこれまで細胞レベルで見出してきた現象が重要である可能性も見出しつつあります。今後は、発症理由が不明な疾患の発症メカニズムを一つでも多く解明し、疾患に苦しむ人々に希望を届けられるような研究を進められるよう全力を尽くしたいと思います。
Profile
2023年度 化血研若手研究奨励助成
柴田 琢磨
東京大学医科学研究所 老化再生生物学分野
准教授