研究者インタビュー
固定組織シングルセルRNA-seq技術を用いたサルモネラ病原因子による宿主免疫細胞再構成の網羅的解析
2023年度 化血研研究助成
研究内容について教えてください
まず私の研究内容について遡ってお話しますと、2013年に留学してからこれまで「サルモネラがどのようなメカニズムで宿主に全身感染(菌が血液中に入り肝臓や脾臓で増殖する)を起こすのか?」について解析してきました。その解析の中で、サルモネラが宿主の免疫系を巧みに操ることで、強い殺菌作用を持つ好中球内でも生き残られることを明らかにしました。そしてそれを行うには、全身感染に欠かせない病原因子として知られていた、サルモネラの3型分泌装置のひとつ(T3SS-2)が重要であることが分かりました。T3SS-2からは30以上のエフェクターが分泌されるのですが、中には免疫反応を撹乱するようなものがいくつか認められます。宿主の免疫反応は、サルモネラの全身感染に抵抗するために重要なので、撹乱されると症状が悪化してしまいます。このような宿主免疫とサルモネラの攻防は、非常に複雑でほとんどが明らかになっていません。
また、今では免疫細胞は、T細胞、B細胞、マクロファージ、好中球などと単に区別されるだけでなく、機能面から多数のサブセットにそれぞれが細分化され続けていることも解析の困難さに拍車を掛けています。しかし現在では、それを打開できる方法として、”Single-cell RNA sequencing (scRNA-seq)”と呼ばれる、組織中に含まれる数万の細胞を、単一細胞レベルで網羅的に免疫細胞のheterogeneityやトランスクリプトームが解析できる方法があります。scRNA-seqによる解析は、専門的な知識を持つbioinformaticianの協力が必須になりますが、幸運なことに大阪大学ヒト免疫学(単一細胞ゲノミクス)の奥崎大介先生のチームと共同で、サルモネラが感染したネズミ組織の解析を開始することが出来ました。そして、その解析の中でサルモネラが、T3SS-2を用いることで、全身感染に有利に働くユニークな免疫細胞サブセットを誘導している可能性を見出しました。その結果より新たなテーマの着想が得られたため、化血研の助成事業に挑戦することに決めました。
研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください
研究者を目指した明確なきっかけは無いです。そもそも私は高校三年の冬まで寿司屋になるつもりだったので、大学進学を考えていませんでした。その後、周りからの勧めなどで、趣味の魚釣りに関連した東京水産大学に入学したのですが、そこでは魚の細菌感染症について研究を行っていました。しかし魚病の場合、ヒトの感染症と異なり、なんとか薬で治療して経済的なロスを減らすことが最優先のようで、私の知りたかった細菌の病原性発症メカニズムは重要では無かったのです。
そこで、思いっきり自分の好きなことができる場所で研究をしてみたいと考えて、大阪大学微生物病研究所に博士課程の大学院生として入学しました。そこで指導教員として出会ったのが、現・細菌学分野の児玉年央教授になります。その後は、多くの方の支えがあり、色々と挑戦していくうちに年齢を重ね、研究以外の道が無くなった感じです。好きなことを続けた結果なので、全く後悔はしていません。
これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください
これまで研究をしてきた場所それぞれで記憶に残る思い出は多数ありますが、私のキャリアを語る上で最も重要な経験は間違いなく海外留学になります。
留学先は、カリフォルニア大学デービス校のAndreas J Baumler博士のラボで、2013年に渡米してから色々合わせると8年以上いたことになります。私にとってデービスでの留学生活は非常に有意義で、日本に帰国せず残ることも検討していました。Andreasのラボからは、毎年のようにNature、Cell、Scienceといった高インパクトな雑誌に研究が掲載されており、自身の未熟さを悔やむこともありましたが、とても刺激的な研究生活の日々でした。現在もAndreas達とは共同研究を続けており、常にアップデートされた最新の研究情報だけでなく指導者としてのコツなども得ることが出来ます。しかし細かいところを振り返ると、不得意な英語での会話、発表やディスカッション、論文投稿、学生指導、共同研究、グラントの獲得など、多くのことで悩んだなと思います。特に電話での手続きは嫌でしたね。しかし、今となると全てが良い経験であり、笑いながら思い出話にできるくらい些細な悩みだったのだと思います。
生活面では、ボスのAndreasやラボのメンバー、日本から留学されてきた他の研究者との交流を通じて、様々なことを経験して学びました。ビールを飲んだり、BBQしたり、キャンプしたり、あと畑で野菜や鶏を育てたり、何度かボスの家で寿司を握ったこともありましたね。結局のところ海外留学に限った話では無いですが、何気ない日常から生まれた多くの人とのつながりが、これまでのキャリアで得られた最も大きな財産だと感じています。
今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします
当時の留学先のラボは、腸内細菌の解析を軸としたプロジェクトに移行していました。その中でボスのAndreasから、私が学部生から取り組んでいる病原性発揮メカニズムの解析をサルモネラでもと任されました。実は、勢いのある腸内細菌を扱ったプロジェクトにも興味があったのですが、私の経験を活かせる独立したプロジェクトを任されたことは結果的に良かったなとAndreasに感謝しています。しかし、解析を始めてからしばらくの間は、マウスの感染実験で観察された結果を説明できるin vitroのデータが出ず、他のプロジェクトに心移りしていたこともありました。ところが、あまり進展が無いまま数年経ったある日、ドイツで開催された学会で聞いた発表から着想を得て論文の発表に至り、そしてそこから本研究助成の採択につながりました。
ボスから任されたプロジェクトや自身の実験結果で悩むことは多いと思います。しかし論文を読み、学会発表に参加し、根気よく解析を続けることで問題が解決されるかもしれません。また、たくさんの人に自身の研究の面白さを知ってもらい、研究者同士のつながりを広めることもアカデミアで生き残るために必要だと思います。そのためにも、やはり研究留学にも挑戦し、積極的に国内外の学会に参加した方が良いと思います。不得意な方もいらっしゃると思いますが、より若いうちに挑戦してみて下さい!もしも申請書の内容や留学、将来について何か相談したいことがありましたら、お気軽にご連絡を頂けたらと思います(hhiyoshi@nagasaki-u.ac.jp)。
将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください
これまであまり将来のビジョンについて考えたことはないのですが、今やれることをコツコツと続けていけば、研究の発展につながると思います。それにより、自分の研究だけでなく、ラボや研究所、所属する学会の発展や活気付けになれば良いなと考えています。個人的な夢でいえば、独立した研究室を持つのはもちろんのこと、そこから国内外で活躍できる研究者をたくさん輩出したいですね。そのためには、私自身が面白い研究をする必要があります。
また私のようなさほど能力の無い人間が面白い研究するには、他の研究者の協力が必須です。また今回ご縁があり本助成に採択されましたが、インパクトのある研究をするにはお金も必要になりますよね。先ほどからお話ししている内容にも通じますが、研究の発展には人とのつながりが大切なのです。今後も研究と家族と生活とのバランスを考えながら、面白い研究成果が報告出来たら良いなと思っています。
Profile
2023年度 化血研研究助成
日吉 大貴
長崎大学 熱帯医学研究所
准教授