研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

新型コロナウイルス感染症における自己抗体産生機序の解明と制御

2023年度 化血研研究助成

研究内容について教えてください

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行に伴う行動制限が緩和されて久しいですが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は依然として人類の脅威です。日本でも2024年8月現在COVID-19の患者数は再び増加に転じており、それに伴って入院を必要とする症例も増加しています。

 通常、ウイルスが私達の体に侵入するとウイルスに対する免疫応答が起こり、ウイルスが排除されます。ところが、SARS-CoV-2の場合は、ウイルスのみならず私達の体の成分(自己)に対する免疫応答も引き起こされることがあり、それがCOVID-19が重症化する一因であると考えられています。しかし、SARS-CoV-2の感染に伴って自己免疫応答が起こるメカニズムはわかっていません。

 私達は、体内でのBリンパ球の移動を制御する分子としてCOMMD3/8(コムディー・スリー・エイト)複合体を発見しました。本研究ではCOMMD3/8複合体に注目して、なぜSARS-CoV-2の感染に伴って自己免疫応答が起こるのかを解明し、COVID-19の重症例の診断と治療に活かすことを目的とします。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 私はもともと東京大学理学部化学科の中村栄一先生(現・東京大学特別教授)の研究室で有機化学を専攻していました。その時に中村先生をはじめ個性的で魅力あふれる先輩方に出会い、「研究者って面白い」と感じたことが研究者になることを決定的にした一番の要因だったように思います。

 その後、有機化学の研究を行いながらも「人の体のことが知りたい」という思いが強まり、大阪大学医学部医学科に学士編入しました。そのカリキュラムの一環として、学生は基礎医学の研究室に一定期間配属されることになるのですが、その際に私は微生物病研究所の菊谷仁先生の研究室に加えていただき、当時助手をされていた熊ノ郷淳先生(現・呼吸器・免疫内科学教授)のもとで免疫学の手ほどきを受けました。そのなかで、リンパ組織で非常にきれいにBリンパ球とTリンパ球のすみ分けがなされていることに感銘を受け、以来リンパ球の移動と配置(リンパ球トラフィキング)に興味をもって研究を行っています。

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 私は博士号を取得してすぐにリンパ球トラフィキング研究の世界的な第一人者であるJason Cyster先生の研究室(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)に留学する機会を得ました。Jasonには一つの結論を導くためにあらゆる角度から徹底的に検証することを学びました。このように欧米では、研究室のボスであってもファーストネームで呼び合うこともあり、超一流の研究者であっても決して雲の上の存在ではなく、自分達と同じ土俵の上にいるのだということを感じられたのは大きな収穫でした。

 Cyster研究室の卒業生の多くは、世界各国で独立した研究室を構えてアクティブに研究を行っています。このため、関連分野の国際学会に参加すると、Jasonを含めCyster研究室の仲間と必ず顔を合わせることになり、その度に旧交を温めることができるのも海外留学してよかったことの一つです。

「Cyster研究室の集合写真(右から5番目が鈴木先生、7番目がJason Cyster博士)」

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 私は有機化学から医学に進路を変更してもなお基礎研究者になることを選択しました。時折「研究者になるのであれば医学部に来る必要はなかったのではないか」との声も聞こえてきます。しかし、解剖実習で人の体の構造を知った時の感動は今でも覚えていますし、短い臨床経験の中で生の患者さんと触れ合ったことも現在の研究に活きています。また、先に述べた通り海外留学も有意義でした。このようにいくつかの回り道をしてきましたが、それらは私にとっては大変有益であったと感じています。若い研究者あるいはこれから研究者を目指そうとしている皆さんには、「やってみたい」と思うことにはなんでも挑戦して、その経験をもとに自分なりのオリジナルな研究を展開していただきたいと思います。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 関節リウマチや全身性エリテマトーデスなど、自己免疫応答によって体内の組織が破壊される病気(自己免疫疾患)の発症に、COMMD3/8複合体が関わっていることが私達の研究から示唆されています。

 次の目標は、COMMD3/8複合体が自己免疫応答を促すメカニズムを解明し、自己免疫疾患およびCOVID-19の病態におけるCOMMD3/8複合体の作用点を突き止めることです。その上で、COMMD3/8複合体の機能を抑える薬剤を開発し、自己免疫疾患やCOVID-19の重症例の治療に応用することを目指します。

「研究室のメンバーと」

Profile

2023年度 化血研研究助成
鈴木 一博

大阪大学 免疫学フロンティア研究センター
教授

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