研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

病原性大腸菌感染におけるEffector-triggered immunity 発動機構とその制御機構の解明

2023年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 赤痢菌や病原性大腸菌などの腸管病原菌による下痢症は開発途上国を中心に年間数百万人以上の人命を奪っている重要な感染症です。しかし、未だに有効なワクチンは存在せず、現行の抗生剤治療では、薬剤耐性菌の出現が問題となっています。そのため、新たなワクチン・治療薬開発が急務とされています。しかし、腸管病原菌による感染の成立と発症のメカニズムは未だに良く理解されていないため、ワクチン・治療薬開発の進展を妨げる大きな要因となっています。腸管病原菌による感染症を制圧するためには、病原菌による感染機構および宿主応答を解明し、得られた知見をワクチンや治療薬開発へと役立てていく必要があります。

 我々の体は病原菌の感染を感知し、炎症や細胞死といった自然免疫応答を誘導することで感染を阻止しています。一方、多くの腸管病原菌は、III型分泌装置と呼ばれる特殊なタンパク分泌装置を有しています。菌はこの分泌装置を通じて、複数の病原性タンパク質(エフェクター)を宿主細胞へと分泌し、宿主細胞の機能を攪乱することで自然免疫応答を回避・抑制し、感染を成立させます。私はこのエフェクターの機能解析を通じて腸管病原菌の感染機構および宿主応答を分子レベルで解析しています。

 今回採択して頂いた研究内容は、エフェクターによる宿主細胞機能の攪乱自体が宿主による別の自然免疫応答を誘導する引き金となる現象を解明するものです。腸管病原菌は感染を持続・拡大させるために、エフェクターの働きにより細胞機能を菌にとって有利になるように修飾し、炎症や細胞死を抑制します。しかし、このエフェクターによる細胞機能の攪乱は、宿主に危険信号として認識され、別の生体防御機構を発動させる引き金となることが分かってきました。つまり、エフェクターは「諸刃の剣」として機能しているのです。本研究ではエフェクターの感染における両側面を解明し、感染を包括 的に理解したいと思います。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 博士号を取ろうとか大学の研究者になろうとは全く思っていませんでした。学部と大学院修士課程までは東京工業大学で工学系の研究をしていました。修士卒業後は企業の研究職に就職する予定で就職活動をし、幸いにも製薬や食品系の企業から幾つか内定を頂けました。しかし、ちょうど内定を頂いた修士1年の冬に、研究室の教授が急病で逝去され、研究室が閉鎖されることとなりました。私は卒業まで1年あったのですが、前例のないことでしたので、大学側から割り振られた別の研究室に移動するよう命じられました。就職も決まっているし、卒業まで何となく過ごせば良いよ、と言われていたのですが、1年間無駄に過ごすのはもったいない、と突然思ってしまったのです。自分で行き先を決められるのであれば、学外に移動しても良いとのことでしたので、色々調べました。それまでの研究を続けることもできないので、どうせならばと全く新しい研究分野を探しました。当時は「微生物生産酵素の工業的利用」を目的に、自然界から有用微生物を探索する研究を行っていたのですが、有用な能力を持つものとして単離されたものはほとんどが病原細菌と呼ばれるものでした。工業的には利用価値の高い能力を持つ微生物でも、ヒトには病原性があるのだということに興味を持ち、病原細菌の研究を行っている東大医科学研究所の笹川千尋先生の研究室にお話を伺いに行きました。事情を説明したところ、研究室に来ても良いとのことで、修士2年からお世話になることになりました。

  結局、就職の内定は辞退して大学院の博士課程に進学し、そのまま現在まで病原細菌の研究を続けてきました。正直、あの時の選択が正しかったのかは分かりません。内定を頂いていた企業でビールか醤油かヨーグルトの研究をしていた方が幸せな人生だっただろうと思うことは頻繁にあります。

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 博士課程で初めて自分の論文を投稿した時が印象に残っています。

 学位取得には投稿論文が必要だったため、3年時に投稿準備を始めました。当時、研究室では大型予算を獲得し、ScienceやCellなどimpact factorの高い論文が通っていました。私の論文はImpactの低い内容だったので、教授には論文を書いてもらえず。試行錯誤しながら何とか自力で書き上げました。研究費もなかったので英文校正にも出せず、不安しかないまま投稿しました。幸い、当初狙っていたjournalにアクセプトされましたが、学位を取れる喜びや達成感よりも、無事に終わってほっと一安心したのを覚えています。アクセプト後に、私の稚拙な英文を見かねたEditorが、論文の英語を丁寧に直してくれたことも思い出深いです。

「大学院の卒業式にラボメンバーと撮った想い出の写真」

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 研究助成金は宝くじと同様、応募しなければ採択されることはありません。落ちて当たり前、採択されたらラッキーくらいの軽い気持ちで応募してみると良いと思います。ただし、申請書は時間をかけて真剣に書きましょう。申請書は書けば書くほど、良くなると思います。もし採択されなくても、申請書を書く能力は向上したと思えば満足できるでしょう。

 また、助成金の採択には2点良いことがあります。1つ目は、もちろん研究費を得られること。2つ目は、その申請内容が経験豊かで高名な研究者でもある審査員に認められたことの証であり、この方針で良いのだとお墨付きをもらえたようで、自信を持って研究を進められます。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 細菌感染症の制圧のためには、感染する病原細菌の理解だけではなく、感染される宿主の応答の両方を理解することが重要です。加えて、個体レベルで考えると、腸管病原菌の感染には病原細菌と宿主との攻防だけでなく、病原細菌と腸内細菌叢との攻防、そして腸内細菌叢と宿主免疫との相互作用、が感染症の制御には重要です。病原細菌だけでなく、宿主、腸内細菌叢に関する研究を進め、感染症の包括的な理解に努めたいと思います。

 現在は培養細胞や動物感染実験を用いた基礎研究が中心ですが、いつか研究成果を治療薬やワクチン開発へと発展させることが目標です。未だに有効なワクチンができないのはなぜなのか、研究がもっと進展すればできるのか、それとも不可能なことなのか。少しずつでも前に進めたらと思います。

「東京医科歯科大学 医歯学総合研究科 細菌感染制御学分野の皆さんと一緒に」

Profile

2023年度 化血研若手研究奨励助成
芦田 浩

東京医科歯科大学
細菌感染制御学分野
准教授

研究者インタビュー一覧に戻る