研究者インタビュー
D型肝炎ウイルスを利用した遺伝子導入技術の開発とB型肝炎治療への応用
2023年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
大学院生の頃からヒトの肝臓に感染する肝炎ウイルスを研究テーマにしてきました。米国への留学中にD型肝炎ウイルスの研究を始めました。このウイルスはヒトの肝臓に感染し、肝炎や肝硬変、肝がんを引き起こしますが、その構造や増殖の方法は植物に感染するウイロイド(ウイルスもどき、という意味を持つ名前です)と非常によく似ていることが知られています。その類似性が理由でD型肝炎ウイルスとウイロイドは共通の祖先から発生したという説があります。
ウイロイドは植物に感染した後に、ただ増殖するだけでなく、増える過程で植物本来の遺伝子を操作して果実などの色や形を変える機能を持っています。そこでウイロイドと共通の祖先をもつD型肝炎ウイルスにもヒトの遺伝子を操る機能があるのではないか、もしそうであればウイルスを改造して病気を治療する道具として応用できるのではないか、と考えたのがこの研究のきっかけです。
病気を起こす原因となるウイルスを、逆に病気を治療するツールに応用するという研究は、やや突飛な発想と思われるかもしれません。しかし肝臓には現在に至るまで治療法が確立できていない疾患がたくさんあり、新しい発想を治療に取り入れる必要があります。この研究を通して新しい治療法とその技術基盤を開拓していけるよう努力したいと思います。
研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください
私は研修医としてのトレーニングを終えた後、肝臓を専門とする内科医になり、病院で診療を行いながら肝疾患の問題点や未解決の課題の多さに気付かされました。一度臨床医として働き、専門分野について研究するため大学院に進学するというキャリアは医師にしばしばあるのですが、私もそのような形で進んでいます。当時の上司(故 小林良正先生)や先輩(川田一仁先生、現肝臓内科科長)からの勧めもあり、大学院への進学をきっかけに肝炎ウイルスの研究を始めました。ウイルス学を選んだのは当時から肝炎ウイルスについて非常に多くの研究成果を出されていた鈴木哲朗先生が本学の教授(現微生物学・免疫学講座)に就任されたタイミングだったからという理由もあります。
医療においては診療と研究が相互に発展していくことが理想だと思います。私が大学院で研究を始めた頃は、それまでに世界中で出された研究成果に基づいてC型肝炎ウイルスの治療が劇的に進歩している時代でした。私もC肝炎ウイルスの感染により引き起こされる肝硬変のメカニズムについての研究に携わり、大学院卒業後に米国へ留学しました。留学先での研究テーマでD型肝炎ウイルスを扱い、帰国後もこのウイルスの研究を続けています。
これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください
大学院から留学期間を通じて、メンターや同僚の研究者と知り合い、研究者と言ってもいろいろな研究スタイルがあるのだなあと感じました。じっくり時間をかけて研究計画を立て、比較的少ない実験で結果を出す先生。手広く実験を組み短時間で多くのデータを出す先生。他人のデータの良い点と悪い点を一瞬で解釈できる先生。センスのある実験を思いつく先生。みんなそれぞれの研究スタイルと自分の強みを活かして研究していることが分かりました。料理人で言ったらみんな和食の修行に励んでいるけど、寿司職人、蕎麦職人、鰻職人がいる、みたいな感じではないかと思います。
それぞれの良いところを真似したいと常々思っているのですが、なかなかできません。私は今のところ何が強みかわからないのですが、いずれ何らかのスタイルらしきものを身に着け、研究に活かしたいと思っています。
今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします
化血研研究助成を獲得された先生方の中では私はおそらく研究歴が浅いほうで、今回の研究課題についてまだ何か成し得たわけでもなく、あまり役立つことは言えないのですが、私の課題が採択されたことから考えますと若手の先生でも、少し挑戦的に過ぎると思われるようなテーマでも、躊躇わずに応募して良いのだなと感じました。
研究助成の審査をされる先生方はご高名な先生ばかりですが、私のような実績の乏しい研究者のプロジェクトに対してご評価いただけたことに感謝しております。
研究をするうえでは「こうだったら良いのにな」という絵空事のような仮説を立てて、自分でも馬鹿々々しく思うことがありますが、そのような無茶な仮説も時には真実だったりしますので(運が良いだけかもしれませんが)、諦めないことも大事かもしれません。
将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください
肝炎ウイルス感染、肝がんなどの難治性の肝疾患を少しでも減らすことができるよう研究を発展させていくことが目標です。肝疾患の分野で近年、目覚ましい治療の変革があったのはC型肝炎ウイルスの治療法ですが、このウイルスは発見されてからわずか30年ほどの間にウイルスの増殖様式、病態、病原性の解明などが進み、現在では数か月の内服治療により95%以上の患者さんにおいてウイルスを体内から完全排除できるようになりました。副作用もほとんど起こりません。これは私が医師になった頃から考えても信じられない進歩ですし、増して30年前には想像もできなかったのではないかと思います。
B型肝炎ウイルス感染や肝がんのように現在は難治性と考えられている疾患も、C型肝炎と同じように内服治療だけで治ってしまう夢のような時代がこれから来るかもしれません。私の研究が少しでもそのような肝疾患治療の発展に役立つよう、日々努力していきたいと思います。
Profile
2023年度 化血研若手研究奨励助成
千田 剛士
浜松医科大学 医学部
特任助教