研究者インタビュー
1細胞解析を用いたプレ好塩基球の分化機構解明
2023年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
私は現在、血中を流れる免疫細胞の中で1%ほどしか存在しない希少な免疫細胞である好塩基球の生物学的な意義を解明するために研究を進めています。好塩基球の存在自体は、有名なほかの免疫細胞であるT細胞やB細胞よりも以前より知られていましたが、実際に好塩基球が何をしているのかについてはごく最近まで知られていませんでした。しかしここ数年で、マウス好塩基球だけがないマウスなどが開発されたことで、好塩基球が少数細胞ながらも、皮膚の慢性アレルギー炎症の発症や寄生虫感染に対する防御などに重要な役割を演じていることが認識されてきました。このように、マウスにおいて好塩基球に関する理解が徐々に進んできたものの、好塩基球がどのように前駆細胞から分化してくるのかはほとんど理解できていませんでした。
私たちは、以前の研究で、マウス好塩基球に対して1細胞レベルで遺伝子発現を解析できる手法であるRNAシーケンス解析を行うことで、新たな好塩基球前駆細胞として「プレ好塩基球」という細胞を同定しました。今回採択していただいた研究では、新たに同定したプレ好塩基球から成熟した好塩基球へとどのようにして分化してくるのか、その分子メカニズムを解明することを目的に研究を行います。また、マウスを対象にした研究だけでなく、ヒトの好塩基球の分化機構の解明についてもチャレンジしていく予定です。
研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください
幼少期からアトピー性皮膚炎を患っており、いつかアトピー性皮膚炎を治したいという思いをもって医学部に入学しました。医学部に入った後は、アレルギー疾患をはじめとした多くの疾患の正確なメカニズムは理解できていないことを知ると同時に、病気の発症メカニズムの理解や新たな治療法の開発を切り開ける可能性のある基礎研究者の道に強いあこがれを抱きました。そのようなタイミングで、私の通っていた東京医科歯科大学にて新しい基礎研究医養成プログラム(研究者養成コース)が始まることを聞きました。本コースでは、医学部卒業後から大学院へとシームレスに研究を継続できるようにする制度で、どのような先行きになるかはほとんどわかりませんでしたが、将来的に研究に携わるのであれば少しでも早く始めたほうが有利だろうと考え、立ち上がったばかりの研究者養成コースに申し込み、学部卒業後そのまま初期研修を行わずに大学院に入学して免疫学の研究をスタートしました。
研究をスタートしてからは、大学院時代からの指導教員でもいらっしゃる烏山一先生のご指導の下、希少な細胞である好塩基球に関する研究を継続して行い、念願であるアレルギーに関する研究を行うと同時に、好塩基球が以外にもアレルギー以外にも多くの疾患にも関与していることを知り、その多面的な魅力にもとりつかれ、好塩基球という細胞の研究に現在はどっぷりつかっているような状況です。
これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください
大学院時代の研究の経験が自分の中でも鮮明に印象に残っています。当時私は、好塩基球がある場面では所属リンパ節へと入って、抗原提示を行うことで、アレルギーなどを誘導するような2型のヘルパーT細胞(Th2細胞)への分化を誘導するということが話題になっていました。この抗原提示にはMHC-II分子が細胞表面に発現する必要がありますが、通常好塩基球はMHC-II分子の発現は極めて低く、好塩基球自身が抗原提示を行うことができるのか、疑問視されていました。私は、大学院時代にこの課題にチャレンジし、ある条件下では好塩基球のMHC-II発現を誘導できることが分かりました。しかしながら、よく調べてみると好塩基球自身はMHC-IIのmRNAを高く発現しておらず、タンパク質レベルでの未発現していることが分かりました。いろいろと、悩みながら文献検索をしてみた結果、ある細胞と別の細胞が接触した後に、ある細胞上に存在していたMHC-IIがトロゴサイトーシスという現象を介して移動するという報告を見つけ、自分でもこの可能性を検証しようと思いいたりました。その結果、好塩基球においても、効率的にトロゴサイトーシスが起こることを同定し学位論文としてまとめるに至りました。この研究は、自分で仮説を考え、検証することの楽しさを教えてくれた得難い経験でした。さらに、これをきっかけにトロゴサイトーシスの勉強会にもお誘いいただき、この研究をしていなければ関われなかったような先生方ともコラボレーションできる機会をいただいき、毎月大きな刺激をいただいています。
また、私の学年では医学部から研修を行わずに大学院に進学したのは私一人でしたが、日本免疫学会にて同世代で同じようなキャリアを歩んでいる仲間に多く出会えたことも、かなり印象に残っています。このような仲間の存在も研究者としてのキャリアを継続していくうえでの大きな原動力になっています。
今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします
なかなか私自身まだまだ若手研究者でかつ経験不足で、アドバイスということは難しいですが、私自身の経験に照らし合わせていえるのは、たくさん研究費の申請に応募して、チャレンジを重ねるということが大事なように考えています。研究費の申請書を書く作業は、論文のドラフトを書いていく作業にも似ていて、自分の考えを審査員の先生方にいかに知っていただくか、そしてどのように面白いと思っていただくかというのを表現する場であるように感じています。私の経験で言うと、今回の化血研の若手研究者助成は2回目の申請で、1回目は不採択でした。今回の応募では、1回目の応募の際には盛り込めなかった予備データや論文実績などを加え、説得力が増したことが、審査員の先生方の評価にもつながったのではないかと考えています。この分野の助成金は、競争率の高いものが多いですが、私は採択の裏にはその何倍もの不採択があると信じてチャレンジし続けることも大事だと信じていますので、ぜひ初めての応募の方も、1度応募された経験がある方も、チャレンジし続けていただければと思います。
将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください
私が研究をスタートさせた大きなきっかけには自分のり患しているアトピー性皮膚炎がありますので、私の夢はアトピー性皮膚炎の病態生理をより深く理解して、治療薬の開発に携わりたいという思いがあります。長期的なスパンの目標としては、私が現在研究している好塩基球をターゲットとした新たな治療薬の開発を行いたいと考えています。現在の好塩基球の研究はマウスに関するものが主となっており、ヒト好塩基球についての理解は立ち遅れています。しかし、近年の技術の進歩もあり、ほかの免疫細胞では徐々にヒト免疫学に関する理解も進んできています。私は、これまでマウスで培ってきた経験を活かしながら、まず1細胞RNAシーケンス解析を含む高精度の解析技術をヒト好塩基球について適用することで、ヒト好塩基球がどのように分化してくるのか、またヒト好塩基球がどのような疾患のどのような患者さんにおいて重要な役割を果たしているのかを見出したいと考えております。これにより、ヒト好塩基球が何をしているのかがより深く理解できるようになり、好塩基球が治療薬になる日も近くなるのではないかと考えています。ぜひ臨床の先生方と活発に共同研究を行うことで、好塩基球に関する謎を紐解いていきたいと考えています。
Profile
2023年度 化血研若手研究奨励助成
三宅 健介
東京医科歯科大学 統合研究機構
テニュアトラック准教授