研究者インタビュー
腸内細菌を自己として認識するγδT17細胞による宿主-腸内細菌共生関係構築
2023年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
ノーベル賞受賞者のJoshua Lederberg博士は、『宿主と共生微生物は、遺伝情報が入り組んだ超生命体として存在する』と表現しています。これは、宿主が『腸内細菌を、自己の一部として認識・記憶して維持している』と解釈できます。自己の一部として認識・記憶して、共生関係を構築する上で、ヘルパーT細胞による腸内細菌ペプチド抗原の認識が重要であり、『自己』である腸内細菌を排除しないように免疫応答を制御しています。しかし、この調整機構が破綻すると、腸内細菌に対する炎症応答に至ると考えられています。腸内細菌抗原と宿主抗原が類似している場合、この炎症は自己免疫応答のリスクとなり危険です。従って、宿主はヘルパーT細胞による腸内細菌ペプチド抗原の認識以外にも、共生関係を担保する仕組みを発達させてきたことは十分想定できます。本研究は、その候補としてγδT細胞による腸内細菌抗原の認識に着目しています。
腸内細菌に対する免疫応答が起きる場として、小腸のパイエル板が重要です。小腸パイエル板の上皮細胞層には、M細胞という腸内細菌を管腔側から取り込む細胞が存在し、免疫細胞に受け渡しています。本研究では、小腸のパイエル板のγδT細胞が腸内細菌を『自己』の一部と認識する上でどのように貢献しているのかを解明するとともに、その破綻による自己免疫疾患との関連性を検証しようとしています。
研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください
研究者を目指したきっかけは、他の研究者の方々のようにそこまで明確な理由はありません。高校生の時は生物学、特に細菌に対する生体防御に興味があり、破傷風菌純粋培養法を確立した北里柴三郎を学祖とする北里大学に入学しました。大学の3年生時に、当時慶應義塾大学医学部の教授で在られた石川博通先生の腸上皮細胞間リンパ球に関する講義を拝聴し、腸管免疫の研究をしてみたいと思うようになりました。運よく、石川博通の研究室で卒業研究生として腸管免疫研究を開始させて頂くことが出来ましたが、それ以来一貫して腸管免疫の関連分野で研究をしています。本研究のテーマは、γδT細胞という全身の免疫システムでは比較的マイナーな細胞集団を対象としています。しかし、腸上皮細胞間リンパ球の中では主要な細胞集団であり、卒業研究以来、たびたび研究対象にしています。博士課程では理化学研究所の大野博司先生のご指導を賜りました。その影響で、γδT細胞の他にも腸管のヘルパーT細胞や腸上皮細胞にも興味を持って研究しています。
これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください
卒業研究〜ポスドクに至るまで、それぞれ別の研究室で研究活動をさせて頂きました。度々研究室を変えて新しいテーマで研究をすることは、なかなか難しい面もありますが、逆に色々な技術や考え方を学ぶ機会となりました。これはポスドクとしての研究を始める上で役に立ったと思っています。ポスドク時代は、アメリカの西海岸のSan Diego近郊のLa JollaにあるLa Jolla免疫研究所で過ごしました。一般的にはポスドク時代はお金も無く苦しいものかと思いますが、円高時代だったので、ある程度楽しく過ごすことができました。肝心の研究に関して、私の能力不足からまとめることができずに研究室を去ることになりましたが、研究室を去ってから8年後に共同第一著者として世に出すことができました。ポスドク時代の研究室主宰者はMitchell Kronenberg博士ですが、論文を発表した時の言葉は、「大輔の一番初めのアイデアがあったからこそ、研究を続けてまとめることができた。だからこそ、大輔に大きなクレジットを与えたんだ。」というものです。8年も前に去ったにも関わらず、アイデアを私が出したものだということを覚えていてくれたことに非常に感動しました。誰が出したアイデアというのは、忘れがちで、論文の発表にあたっては物理的な貢献が比較的重視されるかと思います。爾来、私もMitchのこの考え方を常に心に置いています。
今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします
自分のやりたいことを研究計画として立案し、実際に実行するには周りの環境がとても重要だと思います。私は現在、慶應義塾大学薬学部において、長谷耕二教授の主宰する研究室に所属しています。長谷教授のご理解やサポートがあったからこそ、常に様々なことにチャレンジすることができています。私の目標とする研究者の一人です。その意味において、私は大変恵まれておりますが、環境はある程度は選択できるものだと思いますので、若い研究者の先生方もご自身に最適な環境を見つけて頂ければと思います。
将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください
現在、γδT細胞やヘルパーT細胞を対象とした免疫学的アプローチと、腸上皮細胞を対象として細胞学的アプローチを併せることで宿主と腸内細菌の共生関係の構築に迫りたいと考えています。腸内細菌が産生する代謝物の代表として、短鎖脂肪酸があります。短鎖脂肪酸の中でも。酪酸は宿主の免疫細胞や腸上皮細胞の、細胞内エネルギー代謝、細胞分化や機能に多大な影響を与えています。特に大腸の上皮細胞は、グルコースではなく、腸内細菌が産生する酪酸を主要なエネルギー源としています。また、インドール化合物も、腸内細菌が産生する代謝物として大きな割合を占めますが、γδT細胞の抗原となり、γδT細胞を活性化することが知られています。この2つの事象は、何故そうなったのかという理由はほとんどわかっていません。他にも挙げればキリがないほど、私たちと腸内細菌は、Joshua Lederberg博士のいう超生命体として機能するように共進化してきたようです。一つ一つの事象に対して取り組み、少しずつでも「何故」を解き明かすことで、宿主と腸内細菌の共生関係の構築の全体像の解明に微力ながら貢献できればと考えています。
Profile
2023年度 化血研若手研究奨励助成
髙橋 大輔
慶應義塾大学 薬学部 生化学講座
専任講師