研究者インタビュー
II型膜貫通型セリンプロテアーゼTMPRSS2による呼吸器ウイルス活性化機構
2023年度 化血研研究助成
研究内容について教えてください
ウイルス粒子の表面には、棘のように突き出たタンパク質があります。ウイルスはこれらのタンパク質を利用して細胞に接着し、細胞の膜とウイルスの膜を融合させることで感染を開始します。しかし、膜の融合を担うウイルスタンパク質が活性化して機能を発揮するには、その一部分が細胞の持つタンパク質分解酵素によって切断される必要があります。
細胞には多種多様なタンパク質分解酵素があり、それぞれが異なるタンパク質を切断します。私は長年、インフルエンザウイルスやコロナウイルスなどの呼吸器ウイルスの膜融合タンパク質を切断するタンパク質分解酵素を特定する研究をしてきました。その研究を通じて、呼吸器ウイルスの膜融合タンパク質を切断する酵素としてTMPRSS2が非常に重要であることが明らかになりました。この発見は2014年頃には確認されており、その知識は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)対策にも大いに役立ちました。
今回、採択いただいた研究課題では、この知識をさらに深め、呼吸器ウイルス感染症をより深く理解し、今後の対策に役立てたいと考えています。
研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください
私はもともと小児科医として働いていました。小児科の外来では、非常に多くのさまざまな感染症を診療します。多くは入院の必要がない軽い感染症ですが、重篤なものも少なくありません。その症状は多岐にわたります。
一方、大学病院などの小児科入院病棟では、白血病など免疫抑制を伴う多くの子どもたちが入院しています。そこでは、健康な状態では起こらない重篤な感染症が発生します。このような臨床経験を通じて、感染症の専門家としてこれらの子どもたちの役に立ちたいと強く思うようになりました。また、特にウイルス感染症の多彩な病態を知るうちに、そのメカニズムを学問として理解したいと思うようになりました。
最初は臨床と研究を両立できる小児科医を目指していましたが、最終的には研究に集中したいと考えるようになり、基礎研究者(ウイルス学者)の道を選びました。
これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください
博士研究員(いわゆるポスドク)として2000年8月から3年間、アメリカへ行きました。パラミクソウイルスならびにインフルエンザウイルスの研究で世界的な権威であられたロバート・ラム博士の研究室(ノースウェスターン大学)に受け入れて頂きました。残念ながらラム博士は、昨年9月にご逝去されました。ラム博士は、外の会議や出張へ行かれることは非常に少なく、いつでも身近で研究指導をしてくださいました。「ここ(研究室の中)にいて、いつでも直接指導ができるようにしているのが、俺の役目だ」と話されていたのは印象的です。優しく暖かくユーモアがあり、私の家族ともども本当に大切にしてもらいました。私にとりまして、間違いなく最高に幸せな3年間でした。
今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします
いろいろな研究スタイルがあると思いますが、私は研究をジグソーパズルのようなものだと思っています。ひとつひとつのピースは、面白くないピースが大部分ですし、なかなかそこに描かれている絵の全体像も見えてきません。ですが、ひとつひとつ間違えることなくピースをはめていくことが重要です。焦る必要はありません。こうやったら、こういう結果がでるという再現のある実験結果をひとつひとつ積み重ねて、その上で分かったこと、まだ分かっていないことを正確に記述していけばそれで良いと思っています。正しくはまったピースであれば、すべてに価値がありますし、その積み重ねによって、最後には素晴らしい絵が完成するはずです。
将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください
研究を始めて約30年が経ちました。病に苦しむ人の役に立ちたい、病気の発症メカニズムを知りたいという思いから研究を始めましたが、その過程で研究の楽しさに魅了されました。その情熱は今も変わりませんが、最近ではこれまでの経験を人々の役に立てたいという気持ちがさらに強くなってきました。
また、教育者として次世代を担う研究者をできる限り多く育てたいという思いも強くなりました。それぞれの若者が自分の実力を最大限に発揮できるよう、指導や支援をしていきたいと考えています。そのためにも、最新の技術と知識を貪欲に学び取り入れ、彼らを導いていけるように私自身も成長していきたいと思っています。
現在の研究テーマは、呼吸器ウイルスの増殖機構の理解、重症ウイルス感染症に対するワクチンの開発、そしてウイルスの癌治療への応用研究です。ご興味のある方は、ぜひお声がけください。
Profile
2023年度 化血研研究助成
竹田 誠
東京大学大学院医学研究科
微生物学教室
教授