研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

哺乳類体内に匹敵する肝蛭幼虫のin vitro培養系の確立 ―薬剤開発のボトルネック解消を目指して―

2023年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 肝蛭(かんてつ)はヒトや動物の肝臓に寄生し肝障害を引き起こす人獣共通感染性の寄生虫です。世界70ヵ国以上で流行し、病害は世界的な問題ですが、唯一の特効薬に対する薬剤耐性が各地で出現しているため、新規薬剤の開発が喫緊の課題です。

 一般に、薬剤やワクチンの開発は宿主体内での病原体の発育を再現した試験管内(in vitro)培養系を用いて行われます。ウイルス、細菌、マラリア原虫などに対する研究開発はin vitro培養系の確立を契機に飛躍的に進展しました。一方、肝蛭は寄生虫のなかでも、多細胞生物の蠕虫(ぜんちゅう)類に属する吸虫の一種です。蠕虫類のin vitro培養は非常に困難で、安定した系が存在しません。これが研究開発上の障害です。

 本研究では、この障害を突破します。突破口となったのは吸虫の祖先とされるプラナリアで発見された「有性化因子」です。有性化因子を添加することで、肝蛭の性成熟が促され、宿主体内での発育に近いin vitro培養系を確立できます。この研究により薬剤開発が進むだけでなく、吸虫の発育の仕組みが解明され、吸虫の性成熟を阻害する伝播阻止薬の開発など、新しい感染防御戦略を構築できると期待しています。

「肝蛭(成虫)の標本と、肝蛭を寄生させる巻貝を飼育する水槽」

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 少し特殊かもしれませんが、寄生虫、とくに蠕虫類に対して「好き!」という感情をもったのが研究者を目指したきっかけだと思います。幼少の頃から動物が好きで、獣医学を志しましたが、獣医学を学ぶ過程で寄生虫学に出会い、肉眼で見えて、手で触れる(もちろん素手では扱いませんが)大きさの病原体である蠕虫類の魅力に取りつかれてしまいました。「動物好き」の範囲が寄生虫まで広がったイメージです。しかし、前述のとおり、蠕虫類の研究に取り組むのは簡単なことではありませんでした。好きになればなるほど、他の病原体の研究に比べてあれもできない、これもできない、という問題点が課題として見えてくるようになりました。その課題を一つずつ解決したい、という強い思いが今の自分を創ったと考えています。

 もう一つは、探求心を満たせることがとても楽しかったからです。仮説を立てて、それをどのように証明できるか考えて実験をして答えを出す。出した答えを学会や論文で発表する。失敗することも沢山ありますが、その作業はとてもやりがいがあります。そのやりがいに魅せられて研究の道に進みたいと考えました。これは研究者の皆さんに共通する点かな、と思います。

「研究室に所属する学生と一緒に研究に取り組む関先生」

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 大学院・ポスドク時代は、ほとんどの時間を研究に使える有意義な時期でした。この時期に非常に良い仲間に恵まれました。同期や先輩・後輩、そしてシニアの研究者とも夜遅くまで研究のことや、プライベートなことまで深いディスカッションを重ねて自分の見識を広げることができました。この時期に培った人間関係が新たなつながりを産んで、今回の研究テーマが実現しました。共同研究者との出会いはこれからも大切にしていきたいと考えています。

 また現在、4歳と2歳になる子供達を育児中です。家庭と研究者生活を両立することは大変なことも多いですが、両方とも楽しんでいます。楽しいと思えるのは、家族とラボメンバーに支えてもらっているからだと思います。それでも目標やイメージどおりにいかないことの方が多いくらいですが、周囲の方々に感謝しながら、現状でのベストを尽くすことを常に意識して努力中です。最近は同年代に育児と研究を両立した経験のある女性研究者が増えてきていると感じます。今後、性別を問わずそれが珍しくなくなるように、子育てを経験したい学生さんが安心して研究者を目指せるように、自分の経験を後輩に還元できたらいいな、と考えています。

「休日に子供達を連れて岩手県の伝統行事チャグチャグ馬コの観覧へ」

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 若手研究者へのエールを送れるほどの経験値が自分にはないので気恥ずかしいですが、あきらめない気持ちが大切だと思います。研究者を目指したきっかけが「好き!」だったと前述しましたが、私のモチベーションの始まりはそこだったので、今思えばキャリアの初期は研究の進め方も、助成金の申請のノウハウもよく理解できていませんでした。現在も理解できたとは言えないかもしれません。それでもとにかくやってみたい、という気持ちだけは持ち続けて、学会を始めとする諸先輩方との交流の機会にはできる限り参加し、たくさんコミュニケーションをとることで、気が付いたら自分の進むべき方向が少しずつ見えてきていました。周囲の方々に育てて頂いたな、と感謝の気持ちでいっぱいです。たとえ初めは自信がなくても挑戦する気持ちを大切に、というのがこれから応募を目指す皆さんと、まだまだ勉強中の自分自身へのエールです。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 ヒトの吸虫感染症の多くはWHOにより顧みられない熱帯病に分類されています。SDGsの目標3.3.には、2030年までに、エイズ、結核、マラリア及び顧みられない熱帯病といった伝染病を根絶することが掲げられていますが、吸虫感染症の根絶の実現は見通せないのが現状です。「哺乳類体内に匹敵する肝蛭幼虫のin vitro培養系の確立 ―薬剤開発のボトルネック解消を目指して― 」と題した本研究の目標を達成することで、根絶への道筋をつけられるような研究に発展させたいと考えています。化血研の若手研究助成に採択を頂いたことを契機に、吸虫感染症の撲滅はあの研究からはじまった、と将来評価してもらえるような研究成果を出すことを夢見て頑張りたいと思います。

「宮沢賢治が学んだ 岩手大学農学部 農業教育資料館(旧盛岡高等農林学校本館)の前で、獣医寄生虫学研究室の皆さんと一緒に」

Profile

2023年度 化血研若手研究奨励助成
関 まどか

岩手大学 農学部
獣医寄生虫学研究室
准教授

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