研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

ヒトの脳におけるトキソプラズマ潜伏感染機構の包括的な解明

2023年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 寄生虫トキソプラズマは、ヒトに感染すると最終的には脳に入り込んで潜伏し続けますが、免疫が低下した時に急速に増殖し始めることで、重篤な症状を引き起こします。トキソプラズマは猫の生息する地域であればどこでも感染リスクがあるため、私たちにとって身近な寄生虫の一つです。そのため、世界の人口の約3分の1以上が、既に脳内にトキソプラズマを抱えていると考えられています。しかし現在、このトキソプラズマを脳から取り除く方法や、脳への侵入を防ぐ技術はまだありません。以前は、妊婦や免疫不全患者以外の健常者にトキソプラズマが感染しても、重篤な症状を引き起こすことはないとされてきました。しかし最近では、トキソプラズマが脳に潜伏感染することが、精神疾患を含め様々な病気の潜在的な原因になっている可能性が指摘されています。

 このような背景から、本研究ではまず、トキソプラズマが脳内で潜伏する時や増殖し始める時に重要な役割を果たすトキソプラズマの遺伝子を特定し、その機能を解明することを目指します。そしてこの研究を通して、トキソプラズマがどのようにしてヒトの脳に潜伏し続けるのか、そして、どのようにして脳内で再び増え始めるのかを解明し、新しい予防法や治療法の開発に繋げたいと考えています。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 私は身近に研究者がいた影響か、いつからかは覚えていませんが、自然と研究者になりたいと思うようになっていました。大学3年生の時は漠然と微生物に興味がありましたが、まだ具体的に進むべき道が見えずにいました。そんな時、私が後に所属することになる研究室の方が学生募集の張り紙をしている場面に偶然居合わせ、興味を持って話を聞きに行ったことがきっかけで感染症の分野へ進むこととなりました。そのため、正直なところ、幼少期から確固たる信念や人一倍特定のことに興味があったというわけではなく、機運に乗じて自分の進む道を選んでいった結果、感染症学者にたどり着いたのだと思います。誰でも何でも目指せる今の時代、そして社会情勢や技術革新でトレンドが大きく変わりゆく昨今、このように模索しながら自分の道を選ぶ人もいるのではないかと思いますが、大事なことはどこで覚悟を決めるかということだと思います。

 大学院修士課程の時の私は、マラリアやその媒介昆虫である蚊を対象とした研究を行っていましたが、単なる学術的な興味や楽しみしか考えていなかったように思います。しかし大学院博士課程の時に、マラリア流行地である西アフリカのブルキナファソでの研究調査に参加させていただく機会があり、現地の生活や状況を体感することで、大きな気づきを得ました。特に、その地域の子どもたちの多くが、私にとっては普通の生活や知識がない、それだけのために、成人になれずに亡くなってしまう現実を目の当たりにしたことで、自分の研究や知識は社会貢献につながるものだという大きな意味を初めて少し理解しました。私にとってはこの経験が、感染症学者になると腹を括ったきっかけかもしれません。

「ブルキナファソにて現地の子どもたちと」

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 大学院博士課程の時に、海外の研究機関でインターンシップを実施する機会がありました。私はマラリアの研究に従事していたため、当時の指導教員のご縁で、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学のマラリア研究所で、主に免疫学や感染症学について学ぶことができました。初めての海外生活や留学生とのルームシェア、英語でのセミナーや勉強などには苦労しましたし、英語の不安や自信の欠如から、時間を無駄にしてしまった苦い経験もしました。しかし、ある日ルームメイトから、「あなたは、日本語が苦手でも積極的にコミュニケーションをとろうとしてくれる外国人がいたら、冷たく接しますか?嫌な気持ちになりますか?」と言われました。これを聞いて、話さない言い訳を探していた時間は本当に勿体ないことをしたと後悔したことを覚えています。

 学位を取得後もマラリアの研究を続ける中で、再びジョンズ・ホプキンス大学のマラリア研究所に留学する機会がありました。その時は研究者として、自分の研究プロジェクトを持ってマラリア研究で著名なマルセロ先生の研究室に参加しました。マルセロ先生は学生たちを含め研究室メンバー全員に、「何をいつどのようにやるかは私からは口を出しませんし、プライベートの時間もなるべく大切にしなさい。聞きたいことや必要なことがあればできる限りサポートするから何でも言ってください。扉を開けていつでも待っています」と言っていました。そして、研究室の全員が自分の研究に誇りを持っていて、研究もプライベートも充実させて人生を楽しんでいることを肌で感じました。この経験を通じて、自分の興味に従って自主的に研究を進めることの重要性や、自分の研究に対する責任感、そしてライフワークバランスの重要性を学んだと思います。

「留学先の研究室メンバーと一緒に」

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 私自身、まだアドバイスをできるほどの経験はありませんので、私が大切にしていることについて述べさせて頂きます。誰かの参考になれば幸いです。私は「自分の研究を客観的に見る」ということを大事にしています。それは、反証可能性を検討するという意味だけではなく、自分の研究の意義や価値を客観的に見つめ直すということです。自分の研究に情熱を持ち、それを楽しむことは大切ですが、その情熱が強すぎると、研究の視野が狭くなりがちです。研究は自己満足ではなく、社会への貢献が求められるものだからこそ、自分の研究の意義や価値を客観的に見つめ直すことが必要だと思っています。私はこのような考えですので、一般の方々との交流も大事にしています。

「アウトリーチ活動として日本科学振興協会主催の“会いに行ける科学者フェス”やラジオに出演」

 化血研若手研究奨励助成への申請書を作成することも、この客観的な視点を身につける良い機会だと思います。なぜなら、申請書を書く過程で、自分の研究を客観的に整理し、専門外の人に伝える力が養われ、申請書を作成する上で様々な人からフィードバックを受けることで、自分の研究に対する新たな気付きや成長が得られると思うからです。採択の有無に関わらず、大きな学びが得られると思いますし、若手研究奨励助成は中堅以上の先生方と同じ土俵で戦わなくてよい貴重な機会だと思うので、ぜひ積極的に挑戦してみることをお勧めします。

 私はこれまで、学位取得や就職などで挫けそうになることは多々ありましたが、研究者を目指したことに後悔はありません。研究者は老若男女皆ライバルであり仲間でもあると思います。ぜひ一緒にサイエンスを楽しみましょう。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 “なぜ寄生生物は寄生できるのか?”この問いに私は興味を持っています。なぜなら、ヒトの体には高度に発達した免疫系があるにも関わらず、寄生虫はこれをうまく回避したり、逆に利用して体内に留まったりすることで、栄養を搾取し続けることができるからです。近年の研究により、免疫系が複雑な制御機構を持っていることがわかっていますが、人類はその仕組みをまだ十分に解明できていません。一方、寄生虫はこういった仕組みを、ある部分においては、実は私たち以上に熟知しているからこそ、それらを巧みに利用する事ができるのではないかと考えています。そのため私は、様々な寄生虫の寄生メカニズムの解明を通じて、新たな生命現象を発見・解明していけるのではないかと考えています。このように今後は、寄生虫を単なる「病原体」としてだけではなく、「新たな生命現象を発見・解明するためのツール」としても捉えて、研究を進めていきたいと考えています。

「旭川医科大学 感染症学講座 寄生虫学分野の皆さんと一緒に」

Profile

2023年度 化血研若手研究奨励助成
伴戸 寛徳

旭川医科大学
感染症学講座 寄生虫学分野
准教授

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