研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

汎フィロウイルス感染症治療薬開発に向けた基礎研究

2023年度 化血研研究助成

研究内容について教えてください

 エボラおよびマールブルグウイルスは、分類学的にフィロウイルス科に属します。これらのウイルスは、ヒトやサルに致死率の高い感染症を引き起こす病原体として知られています。また近年、これらのウイルスとは異なる新種のフィロウイルスがコウモリ等から次々と発見されています。つまり、自然界にはヒトに感染し得る未知のフィロウイルスがまだ多く存在していることが推測されます。しかし、これまでに承認された治療薬は既知の6種のエボラウイルスの中のうち1種にのみ有効な抗体医薬であり、マールブルグウイルスや他の種のエボラウイルスには全く効果が期待できません。私たちの研究室では、全てのエボラウイルス種に対して中和活性をもつ抗体を世界に先駆けて発見しましたが、この抗体もマールブルグウイルスには効果を示しません。また、抗体医薬以外の薬(例えばファビピラビルやレムデシビルといった化合物)の効果は今のところ抗体医薬に比べて低いのです。

 そこで本研究では、これまでエボラウイルスの細胞侵入機構に関して蓄積した知見を基に、合成ペプチド、交差反応性抗体および海洋天然物等に着目したアプローチを通して、1種のエボラウイルスだけではなくマールブルグウイルスやその他新規フィロウイルスに対して広範に有効性を示す治療薬開発のためのシーズを提供する事を目的としています。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 幼少の頃から昆虫採集や魚釣りが大好きで、毎日のように出かけていました。中学生の頃に、動物や昆虫の生態の研究に関する本を読んで憧れ、研究者になろうと決めていたと思います(それほど強固な意志だったという自信はありませんが・・・)。生物に限らず理科全般的に好きだったのですが、高校生の時には実は生物よりも数学や物理の方が得意でした。工作や彫塑も好きだったので、工学方面にも興味が出たのですが、結局、北海道大学の理III系(生物系)を選びました。北大を選んだ理由ですが、両親が北海道出身なので、中学生まで毎年夏休みに北海道に来て昆虫採集や釣りに明け暮れる夏休みを過ごしていて、北海道が大好きだったからです。中学校の頃には、どういう学部に行くかはおいといて、とにかく北大に行く!と決めていました。

 北大理III系(生物系)から獣医学部に進学したのですが、臨床の獣医師になりたかったわけでは無く、動物に関する科学を総合的に6年かけて学べるところだったから獣医学部を選びました。最初の頃に履修する解剖学とか生理学などの基盤的な学問にも興味がありましたが、5年生になる時に所属教室を選ぶ段階で、研究者になるための厳しい指導をしてくれそうだった微生物学教室を選び、そこでウイルスの研究に出会ったわけです。そういう理由ですので、期待外れかもしれませんが、当初からウイルスにすごく興味があったわけではありませんでした。

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 1997年に香港で、高病原性鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染し死亡する最初の事例が起きました。その時に香港に派遣され、生鳥市場の調査をしました。毎日毎日ウイルスまみれだったわけですが、BSL3施設も無く、タミフルやリレンザといった抗インフルエンザ薬もまだ開発されていないなか、チームの誰も感染することなく済みました。同時に、市場のネズミの調査もしたのですが、臓器の乳剤を卵に接種する時に針を指に刺してしまい、その晩悪夢をみた記憶があります。ネズミが持っている他のウイルスや細菌に感染する確率の方が高かったので、かなり不安になりました。

 鳥インフルエンザウイルスの調査でモンゴルに行く時には、首都ウランバートルから遠く離れた草原のゲルに宿泊します。そこに、たまたま朝青龍が宿泊していて(釣り道具のCM撮影だかなんだかで来ていたらしい)、朝からモンゴルウォッカを一緒に何杯も一気飲みして、その後で腕相撲をしたのはいい思い出になりました(ちなみに、引き分けだった)。

 カナダのBSL4施設で、初めて本物のエボラウイルスを使った実験をしていた時、ウイルスに感染させた細胞のプレートを安全キャビネットの外でひっくり返してしまい、ウイルス液が飛び散り、ひどく焦りました。同じくBSL4施設の中で手袋に穴が開いているのを見つけた時にはぞ~っとしました(でも、それはよくある事で大したことではないという事を後ほど知りました)。

「スーツ型BSL-4施設での実験やウイルスハンティングのため海外で研究活動をおこなう髙田先生」

 エボラウイルスには幾つかの種類があるのですが、エボラ出血熱に対する抗体医薬の開発は最初に発見されたウイルスを使って進められてきました。しかし、それまでに作られた抗体はそのウイルスにしか効きませんでした。私達の研究室で、全てのエボラウイルスを中和する抗体を世界で初めて発見した時には、ちょいと興奮しました。

 フィリピンにはレストンウイルスというエボラウイルスの仲間が存在しています。そのウイルスがブタに感染するという報告があったので、フィリピンのブタの抗体を調査したら、ものすごく高い陽性率。しかし、それを発表したら風評被害が起きて国内消費が落ちるし輸出も出来なくなるので、フィリピンの養豚業界に暗殺されるぞと脅されて論文化を断念しました(フィリピン農業省に報告書だけ出しました)。その後、特に問題は起こっていないようなので、世の中には知らない方がハッピーな事実もあるかもなあ、という事を実感しました。

 ウガンダの洞窟に棲むエジプトルーセットオオコウモリがマールブルグウイルスを持っていることをCDCのチームが発見したので、私たちがフィールドとしているザンビアにもこのコウモリがいるかどうか調べるために洞窟に入ってみました。飛んでいるコウモリを玉網で捕獲し、同種のコウモリの存在を確認した時のワクワク感は、忘れられません。その後、ザンビアのコウモリからもマールブルグウイルスが見つかりました。

「コウモリを捕まえるため洞窟の入り口に仕掛けるハープトラップと、玉網で捕まえたコウモリ」

 私は1996年からエボラウイルスの研究をしていますが、エボラウイルスが発見されたコンゴ民主共和国に、2015年に初めて行きました。雄大なコンゴ川を眺めた時には、とうとうエボラの本丸に到達したなあ、と感慨深いものがありました。その数年後には、エボラ出血熱が1995年に流行したキクウィットという町を訪れ、感染して亡くなった人たちを大勢埋葬した丘に立ち(まだ息があるうちに埋められてしまった人もいたという当時の話を聞きました)、身が引き締まる思いがしたのを覚えています。

「キクウィットにて“1995年5月のエボラ出血熱流行の犠牲者を追悼”する記念碑」

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 すぐに評価されなくても諦めないで下さい。その時々の流行に振り回されずに真摯に自分の研究を続ければ、報われる時が必ず来ると思います。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 エボラウイルスのような人獣共通感染症の研究には大きく3つの要素があります。

 1.自然宿主、伝播経路、流行に関わる因子を特定する
 2.病原性や宿主域を決定するメカニズムを解明する
 3.予防・診断・治療薬を開発する

 この3つは、完全に独立して存在しているわけでは無く、お互いに関わり合っています。私は、これらを同時に並行して進めて相乗効果を得られるようなイメージで研究を続けようと思っています。

「現地の共同研究者たちと一緒に (白い袋の中にはコウモリが入っている)」

Profile

2023年度 化血研研究助成
髙田 礼人

北海道大学
人獣共通感染症国際共同研究所
教授

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