研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

生体ストレスへの造血応答解析を可能にする造血幹細胞同定法の開発

2023年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 血液の中には赤血球や血小板、様々な免疫細胞が含まれていますが、これらは全て骨髄の中に存在する造血幹細胞から作られます。造血幹細胞は数が非常に少なく、色々な細胞に分化する前の不安定な細胞ですので、解析を行うことが非常に困難です。現在、造血幹細胞は細胞表面マーカーと呼ばれる細胞表面の特徴的な分子の発現パターンに基づいて同定されますが、実は同定された造血幹細胞には異なる状態の細胞が含まれた不均一な細胞集団である上に、同定に使用した細胞表面マーカーは炎症などの刺激で簡単に変化してしまいます。このため、「病気や加齢といったストレスが造血幹細胞の機能にどのように影響するか?」を調べるため、造血幹細胞を健康な個体とストレスを受けた個体から回収した場合、本当に同じ細胞を比較しているか分からなくなります。そこで、細胞表面マーカー以外で同じ状態の造血幹細胞を見分ける方法はないかと考え、その方法を確立することを目的にこの研究を始めました。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 研究者を目指した理由はかっこいいからです。私は学生時代、英語が苦手でした。そのためか、海外をまたにかけて働く仕事には大きな憧れがありました。さらに、研究者には知的かつ自由なイメージがあり、アカデミアでは自分の好きな研究をしてお金を貰える、すなわち一生を遊んで暮らせる夢のような職業だと思っていました。そうです。当時の私は研究者の大変さもアカデミアの厳しさも、自由と保障は反比例するということも理解していなかったのです。しかしそのおかげで、海外の大学で働くという夢を叶えることが出来た上に、今でも何とかアカデミアで生き残っています。時には深く考えず踏み出す勇気(楽観?)も必要なのかもしれません。

 私は自然免疫の研究者ですが、自然免疫は造血系の影響を強く受けるため、そのダイナミズムを理解するためには血液学や幹細胞生物学の理解が必要でした。自然免疫細胞はT細胞やB細胞と比べると、抗原を高度に認識できる受容体も持たず、毎日大量に作られ大量に消費される単純な細胞たちです。しかし、構成する細胞が単純だからこそ、それらをコントロールする自然免疫にはシステムとしての美しさがあり、研究するほどこの領域に魅了されます。

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 私は学位取得後デューク大学でポスドクとして5年半過ごしました。一番良い思い出は最後の論文がNature Immunologyにアクセプトされた時のものです。当時、すったもんだの末、修正した論文(revision)を査読者(reviewer)に返し、その返事を待たずに日本に帰国することとなりました。それまで忙しくて新婚旅行は行けていませんでしたので、代わりにヨーロッパを経由して帰国することにしました。姉夫婦の住むイギリス滞在中にメールでrevisionの返事が来たこと、reviewerが一人ゴネていることを知りました。そこからイギリスの記憶は曖昧です。観光したり古城ホテルに泊まったりしたのですが、デュークのボスと対応に追われた記憶しかありません。気が付くとクロアチアのドブロブニクにある世界遺産の城壁の上で飲めもしないシャンパン片手にアクセプトを祝っていました。現実感のない不思議な夜でした。

 最悪の思い出はデュークでのこと。検証に2年を費やした仮説がボツになるデータが出てしまった悲しい土曜日。冷たい雨の中を好物のハンバーガーと干し杏を買って意気消沈して家に帰りました。帰って食べようとすると僕のバーガーには肉が入っておらず、杏はカビていました。おそるおそる「…私の半分食べる?」と言ってくれた妻の憐憫を湛えた目が忘れられません。

「留学中の思い出と、ドブロブニクでシャンパン片手にアクセプトを祝って」

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 私は研究者としてはまだまだ若手なのですが、年齢的には40歳を超え、肉体的には10年以上前から下り坂であることを感じています。最近では腰痛がひどくなり、眼鏡を付けて近くを凝視するのが辛くなってきました。また、家庭を持ち、親が老い、教育者として社会的な責任も負うようになりました。つまり何が言いたいかと言いますと、自身の研究に没頭できるのは若いうちだということです。研究者として経験を積むにつれて、気力も研究力も発想力も若い時より充実している実感がありますが、それを実現できる体力や環境を整えるのが難しくなっていくようです。きっと同じことを感じている同世代の研究者は多いのではないでしょうか。もしまだこのような感覚を共感できない若い方がこれを読んで下さったなら、自分が手を動かして全力で研究できる期間にはリミットがあり、最も楽しんで研究を行えるのは今しかないのだと覚えて頂ければ幸いです。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 私のボスである樗木先生は3年後には退官を迎えられます。それまでに基礎の研究者として独立することが私の一つの目標です。また、樗木研のセミナー室には片目の入っていない大きな達磨が置いてあります。どうやらCNSクラスの論文を出すと達磨に目を入れる権利が頂けるようです。ですので、何とか3年以内に達磨に目を入れたいというのがもう一つの目標です。可能であればもう一つ達磨を買わせたいです。

 ユニークな視点を持つことは研究において重要ですが、私は頭脳も技術も人並みですので、ユニークであることは負けない研究者でありたいと思います。新たに研究方法を樹立することは、研究の独自性を担保するための重要なアプローチの一つであり、本助成で提案する解析法の樹立を成功させ、それを用いて新しい生命現象の解明に繋げていきたいと考えています。また、私は医学研究者ですが、必ずしも医療への応用を念頭に研究を行いません。自分が面白いと感じた事象を研究することこそが、研究者の独自性と多様性を生み出し、最終的には医学の発展に寄与すると信じております。

「東京医科歯科大学 難治疾患研究所 病態制御科学研究部門 生体防御学分野の皆さんと一緒に」

Profile

2023年度 化血研若手研究奨励助成
金山 剛士

東京医科歯科大学 生体防御学分野
准教授

研究者インタビュー一覧に戻る