研究者インタビュー
造血システムの発生・維持・進化における造血幹細胞の役割について
2023年度 化血研研究助成
研究内容について教えてください
私はこれまで、胎児期に血液がどのように生まれてくるのかを研究してきました。造血システムは、造血幹細胞を頂点とした階層性を有しています。まず、造血幹細胞から分化能力が限定された種々の造血前駆細胞が作られ、さらにこれら造血前駆細胞から機能の特化した成熟血液細胞(赤血球、白血球など)へと順々に分化していきます。このような階層構造を反映して、成体の骨髄内は、造血幹細胞に由来する造血前駆細胞や成熟血液細胞で満たされています。一方、胎児期では、この階層構造の逆向きの形で血液細胞があらわれてきます。最初に赤血球が生まれ、つづいて能力が限定された造血前駆細胞が観察され、最後に造血幹細胞が検出されます。万能な幹細胞を最初に作っておけば良いのではないか、と多くの人が考えるのではないかと思いますが、実際はそうなっていません。なぜこのような逆向きの形で血液細胞が順に発生してくるのかは、造血発生のパラドックスとも呼ばれ、長い間解明されていない謎のひとつとなっています。
最近、私たちは血液細胞の発生の順序を人為的に変えることができる手法(遺伝子改変マウス)を開発しました。そこで、この新たな手法を利用して、造血発生のパラドックスの問題に着手できるのではないかと考えたのが、今回のテーマの着想に至った経緯です。
研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください
私は大学院の修士課程までは工学部で触媒の研究をしていました。企業、大学を問わず研究を続けていきたいとは思っていましたが、エンジニアリングではなく、サイエンスをしてみたい、しかも大学に入ってから次第に興味を持つようになった分子生物学の研究をしてみたいという思いが強くなり、博士課程から思い切って研究分野を変え、医学部の研究室に移りました。
現在の研究分野である血液の発生について取り組みだしたのは、たまたま大学院時代に解析をしていたノックアウトマウスに胎生期の血液異常があったのがきっかけで、とくに意図して選んだわけではありません。所属していた研究室は血液を専門にしているわけではなかったので、当時隣の建物に研究室があった西川伸一先生のところにノックアウトマウスを持ち込み、解析手法等いろいろと教えてもらいました。そのときに造血発生の研究は面白いと思い、その後ずっと続けています。
これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください
日本以外では、これまでオランダ、シンガポールで研究をしてきましたが、国によって研究への取り組み、生活が違うことがわかりました。オランダの研究は狙いを絞って効率よく結果を出していく印象です。研究所内における役割分担も明確で、とても良いシステムだと思いました。一方、シンガポールは、同じアジアということで日本に似ているのか、長い実験時間をかけて問題に取り組んでいく傾向があるように思えます。どちらが良いということは一概には言えないと思いますが、さまざまな研究の仕方があるということを実感できたのは良かったです。
今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします
実体験として言えることは、基礎的な研究をしていると、研究費を集めるのが大変だということです。幸運なことに今回、このような形で助成をしていただくことになりましたが、今回のように応用をほとんど絡めずに助成をいただいたことは、科研費以外ではほとんどありません。その点、本研究助成は、基礎研究に大変理解のある助成であると言えるかと思います。
また、基礎研究といっても、だんだんと研究にお金がかかるようになっています。とくにシングルセル解析など、次世代シーケンサーが絡んでくるものは解析費用が高額です。非常に強力なテクノロジーであることは間違いないのですが、研究費の潤沢な少数の研究者しか利用できないツールであり、このような状況で良いのだろうかという気もしています。とくに若手研究者の方は、何らかのサポートがない限り、自由に手を出しにくいのではないでしょうか。そこで、お金がかからず、しかも汎用性の高い画期的な解析手法(そのようなものが本当にできるのか分かりませんが)を若い柔軟な頭で考案し、このような風潮を少しでも変えてくれるような人が出てくることを期待しています。
将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください
血液の発生は、さまざまな種類の造血幹細胞・造血前駆細胞が、さまざまな部位から生まれてくることもあり、非常に複雑に見えます。これをできるだけシンプルなモデル(あるいは分子)で説明することが当面の目標です。
また、もう少し大きな問題としては、血液細胞、造血幹細胞の進化に興味があります。血液はあるけれども、造血幹細胞を持たない生物もいることから、造血幹細胞は進化の過程で明らかに後から付け加えられた細胞種です。それがいつ、どのように獲得されてきたのか、可能であれば知りたいと思っています。完全に証明することはできないテーマであり、また、マウス以外の生物を扱う必要もあってハードルが高いですが、挑んでみたい課題です。
Profile
2023年度 化血研研究助成
横溝 智雅
東京女子医科大学医学部
解剖学(顕微解剖学・形態形成学分野)
講師