研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

宿主真核細胞のタンパク質分解系を利用する人獣共通病原細菌「レプトスピラ」の感染戦略

2023年度 化血研研究助成

研究内容について教えてください

 レプトスピラ症は熱帯地域に多く見られる人獣共通感染症の一つで、確定診断が難しい感染症として知られています。初診が遅れると重症化することもありますが、有効なワクチンは未だに存在していません。沖縄県での患者発生は他県に比べ多く、2022年には死亡例の報告もありました。琉球大学では、熱帯地域が抱える感染症の問題解決に取り組んでおり、私は17年前に病原性レプトスピラの感染戦略の解明を目指す研究を始めました。

 レプトスピラは、汚染した水や土壌の接触により皮膚や粘膜などから血流に入り、コルク栓抜きのような形状で運動しながら全身へと広がります。最終的には腎臓の尿細管に長時間定着し、尿とともに環境へと排出されます。レプトスピラの標的臓器への移行を阻止することができれば、レプトスピラ症の重症化を予防することが可能となりますが、レプトスピラがどのように臓器に辿り着くかは解明されていませんでした。体内の組織には、細胞どうしを密着させる細胞間接着装置があります。私たちは2021年にレプトスピラがこの接着装置を破壊することによって細胞と細胞の間を移行することを明らかにしました。さらに、その破壊機構を解析する過程で、レプトスピラは真核細胞が持っているタンパク質分解系を利用することを見出しました。そこで、レプトスピラがどのように宿主細胞のタンパク質分解系をハイジャックするかを明らかにしたいと思い、本研究課題の着想に至りました。

「琉球大学大学院医学研究科 細菌学講座 山城哲教授と一緒に」

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 私は商業高校在籍中に会計士を目指していましたが、化学の授業が楽しくなり、アルゼンチンにあるブエノス・アイレス大学の「生化学科」に進学しました。この学科では6年間で基礎的な科目に加え、臨床検査技師の免許も取れる制度になっています。6年生の時にはいくつかの専門分野に分かれますが、私はその中で「微生物・免疫学コース」を選択しました。暗記するのは嫌いでしたが、勉強するのは好きで、色々な生命現象を知るのがとても楽しく、未知の生命現象を発見することへのワクワク感が高まりました。病院で検査技師として勤務するためには、病院での研修を受けないといけなかったのですが、私はその研修を辞退し留学することを決めました。

 大学卒業直後、南米大陸でコレラが大流行し、多くの死者が出ました。20代の私には衝撃的な出来事で、「感染症を予防したい」という夢を抱くようになりました。私の両親は沖縄出身で、私は日系2世です。沖縄とは縁もあり、コレラの研究をしている琉球大学の細菌学講座の博士課程に進学しました。コレラ菌のプロテアーゼについての学位論文を無事終えたあと、大学の助手のポストに恵まれ、アルゼンチンへ帰国せず日本で研究を継続しました。28年間同じ細菌学講座に所属していますが、研究者になりたいという初心を忘れず、コレラとはテーマが異なる独立した研究プロジェクトを立ち上げ、チャレンジ精神を保つようにしています。

「2005年にラオスで多剤耐性のコレラ菌が流行した際、当時教授であった岩永先生のもとで耐性機序の研究を行なっていた頃の思い出の写真」

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 日本での長い留学生活ではいろんな思い出がありますが、キャリアで印象に残っているのは、短い間を過ごしたアルゼンチンの研究所での経験です。

 大学卒業後、日本に留学する前の数ヶ月間、アルゼンチンの「国立微生物研究所」の研究員として無給で仕事をしました。その頃のコレラの大流行で毎日沢山の検査依頼がありました。当時、コレラはVibrio cholerae血清型O1が原因菌であると信じられていましたが、私たちが分離する菌株はO1の血清型に当てはまらないものが多くありました。私のボスはとてもエネルギッシュな女性で、ある日、突然「インドのベンガル湾で血清型O139が大流行しているらしい」と叫びだし、すぐにアルゼンチンでO139株が流行していないか確かめるように頼まれました。市販の血清型はまだなかったので、私は京都大学に在籍していた竹田美文先生にO139の抗血清とアルゼンチンで抗血清を作成するためのO139の菌株を依頼しました。竹田先生はとても親切でレスポンスが早く、私はすぐにO139の抗血清でアルゼンチンの流行株の凝集試験を開始できました。数日間で、アルゼンチンにもO139の菌株が存在することが判明し、数週間でLancetにレターを送り直ぐに掲載される程のインパクトがある出来事でした。この時は、日本に留学するチャンスが与えられ、竹田先生に対面で2度目のお礼を伝えることができるとは夢にも思っていませんでした。

 その後、自社の抗血清を用いて数百株の中から第2のO139株を探しましたが、見つかりませんでした。ベンガル湾ではO139が大流行しているけど、アルゼンチンではなぜ流行しないのか?と不思議に思いましたが、留学の出発日が迫り答えを探れないまま日本へ来ることになりました。数年後、世界中のコレラの研究グループの遺伝子解析の結果により、ベンガル湾のO139とアルゼンチンのO139は異なる遺伝子背景を持つことが判明しました。私は細菌の多様性に驚くと共に、細菌学の面白さに魅力を感じ、益々研究へのモチベーションが高まりました。

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 若い時には大きな夢を持ってその実現に向けて、国内・外を問わず全力で研究を楽しむことが大事だと思います。研究に思い切って集中できるのは若い時だけかもしれません。長い研究者人生では、様々なライフイベントやキャリアのステージがあります。私は、ライフ・ワークバランスを保ちつつ研究を継続できるように、そのライフステージにおいてできることをやってきました。30代は、3名の子供の出産と子育てで、なかなか長期的な研究計画ができなかった時期もありました。その時には、シンプルな研究課題に取り組み、ゆっくりのペースでも研究を継続させるようにしました。焦らず、子供の看病の時には頭を休ませ、またリフレッシュした気持ちで実験に取り組むときに閃きがやってくる時もありました。

 研究者は色々な窓や扉を持つ壁の向こうにあるダイナミックな生命現象を眺め、その光景を表現し、社会に伝える職業だと考えています。その生命現象を観察するためにはどの時間にどの窓を開けるのか、どの角度で眺めるのか、そのための技術的なスキルは不可欠です。これらのスキルは若い内に沢山獲得した方が良いでしょう。私は、異国で研究と家庭を両立することが難しいと感じることもあり、十分な研究スキルを獲得するのに時間がかかりました。しかし、子供が自立した頃に、研究するための時間を計画的に確保できるようになり、研究者人生の再出発点としてレプトスピラの研究を開始しました。

 基礎研究ができる環境を求めてアルゼンチンから沖縄にやってきましたが、これまで多くの指導者、同僚、先輩、後輩と家族に支えられ研究を継続できたことに感謝しています。そして今回「化血研研究助成」に採択され、驚きと共に挑戦を諦めないことの大切さを改めて感じました。今後の応募者の皆さんには、自分の夢を実現するためには何が必要なのか計画を立てれば、その研究の支援を得ることは可能であると伝えたいです。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 初めてレプトスピラの形と動きを顕微鏡で観察した時の感動は、長年細菌学をやってきた中でも特に印象に残っています。それまで扱っていた菌は毒素を産生し、病態形成が分子レベルで説明できるようになっていましたが、レプトスピラの病原性については未だブラックボックスの状態でした。レプトスピラはどのように病気を起こすのでしょうか?その謎に迫りたく、菌とマクロファージや上皮細胞の相互作用について研究してきました。

 共同研究のお陰で、電子顕微鏡の興味深い画像も得ることができ、今後はなぜレプトスピラが細胞と細胞の間を移動することができるのか?この生命現象を起こすための責任分子などを同定し、レプトスピラ症の制御に役立つ知見を社会に伝えられるように研究を発展させていきたいです。研究成果を得るためには、実験の量とその質を担保するための実験環境が大切だと思っています。可能な限り仲間を増やすようにしていますが、残念ながら日本では基礎研究に興味を持つ若手世代が少なくなっているように感じます。しかしながら、外国では母国では研究ができないため、日本での研究を希望する方は少なくありません。現在は彼らを支援するための制度を利用し、研究チームに加わって頂き、多様な考え方や研究計画を前進するためのエネルギーを吹き込むようにしています。

 これまでに私は、先輩方が築いてきた環境で研究してきましたが、レプトスピラの研究を継続するためには機材などを更新する必要がありました。「化血研研究助成」のおかげで実験環境を整えることができるようになりました。そのチャンスが与えられたことに感謝し、「感染症を予防したい」と地球の反対側で芽生えた夢を忘れずに、微力ながらその実現に向けて日々精進していきたいと考えています。

「琉球大学上原キャンパスにて細菌学講座のメンバーと」

Profile

2023年度 化血研研究助成
TOMA CLAUDIA

琉球大学大学院医学研究科 細菌学講座
准教授

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