研究者インタビュー
クロストーク分泌型細菌毒素の作用機構の解明
2022年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
採択テーマは、腸炎ビブリオという病原菌の産生する毒素を対象とした研究です。腸炎ビブリオは1950年に大阪で発見された細菌で、本来は海に生息していますが、我々ヒトがこの菌が付着した魚介類などを摂食することで感染し、腹痛や下痢などの症状を引き起こす、いわゆる食中毒の原因となる菌です。腸炎ビブリオは細菌が原因となる食中毒、細菌性食中毒の原因菌として日本だけでなく、世界的に重要な存在となっています。因みに、腸炎ビブリオの発見者である藤野恒三郎先生は、私が所属する研究室の3代前の教授にあたります。
自然環境中には多種多様な細菌が無数に存在しますが、人間に感染し病気を起こす病原菌はごく一部です。病原菌は病気を起こすために色々な病原因子を産生し、宿主を攻撃したり、宿主の免疫を回避したりします。病原因子は細菌を病原菌たらしめるわけですが、このような細菌の病原性を規定する病原因子の作用機序を理解することで細菌感染症の発病機序が説明され、ひいては病原菌の感染に対する対策・制御法の開発につながります。我々は「腸炎ビブリオがどのように病気(下痢)をおこすのか」という命題を長く追いかけてきましたが、古くから知られていた毒素が意外な形で下痢を起こしていることを見出しました。少し専門的になってしまいますが、この毒素は通常の毒素としての働き~菌体外に分泌され、宿主細胞に作用する~以外に、Ⅲ型分泌装置と呼ばれる特殊な分泌装置によってあたかも注射のように宿主細胞内に注入される分泌経路があり、この働きが下痢に重要となっていました。このような二系統の分泌経路をクロストーク分泌と名付けましたが、翻ってこの毒素の宿主細胞に対する作用には案外と不明なことが多い。ということで、この毒素の“毒性”を改めて調べてみようと思いました。
研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください
私は研究者を目指した、ということはありません。子供の頃からどちらかというと理科(生物)は好きではなかったのですが、学部時代に、微生物病研究所の本田武司先生の研究室へ卒業研究生として入り、その時にはじめてさわったのが腸炎ビブリオの毒素でした。その後、毒素自体からは少し離れて、Ⅲ型分泌装置のエフェクターやレギュレーターなどに焦点をあてた研究をしたり、他の菌の病原因子をさわったりもしましたが、メインとしてはずっと腸炎ビブリオの研究に取り組んできたことになります。
大学に入るときの説明会で、当時薬学部の教授だった先生が「これからの時代、学生はみんな大学院へ行くんだ」とおっしゃったことで「そういうものなのか」と思ったことを覚えています。学部時代から博士課程修了にあたる頃は、経済的に景気の良い時代ではありませんでしたし、就職難でした。自分自身も就職か、アカデミアかという選択肢を考えることはありましたが、細菌学の研究室に入ったあと、その環境に適応しようともがいているうちに気が付いたら今の仕事に(運よく?)ついていた、というのが正直なところだと思います。
これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください
今これまでの研究のキャリアを振り返ると、その時々に濃淡はあったと思いますが、基本的には淡々とした感情です。
学生時代、著名な先生に「先生はなぜ研究をしているんですか、どういうことが目標ですか」と、それこそ学生っぽいことを聞いたことがあります。そうするとその先生は「教科書の1ページでも書き換えられるような仕事をしたい」とおっしゃったので、それでいいんだ、と安心した記憶があります。その後、食中毒菌である腸炎ビブリオの病原性メカニズムを研究する過程で、外毒素である耐熱性溶血毒が本来の輸送経路からⅢ型分泌装置に“混線”するような形でエフェクターとして輸送される「クロストーク(混線)分泌」を世界で初めて明らかにしました。その研究成果を論文※1で報告したときに、外国の方が論文を引用してX(当時Twitter)に「教科書なんか〇〇食らえ」というようなコメントをしていたのを見て、多少の達成感を抱くことができました。
私生活の話でよければ、9年前の祖父の死は自分の死生観にかなり影響しました。人間は、死ぬときはあっという間に死んでしまうんだなと思うと、人生=修行とまでは言いませんが苦しいことをやるのが当たり前という、これまでの自分の考え方に疑問を持つようになりました。仕事についての考え方も、それまで仕事は大変なもの(苦行であるべき)のようにとらえていましたが、もっと楽しんでいいものとしてとらえてもいいのではと考えるようになっています。
今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします
私から応募者にアドバイスさせていただくようなことはないのですが、化血研若手研究助成は関連領域の中でも若手助成としては額もあり、採択されると研究費の面で大きいと思います(最近は試薬なども値上げが多い)。2023年度募集を拝見すると採用件数も増加されているようですので、積極的な応募をお勧めしたいと思います。
近年の若手研究者を取りまく状況は決して明るいものではないと思います。30代は身の振り方に悩む年代でもあるでしょう。自分自身を振り返ると、もう30だし、もう35だから、などと思っていましたが、今にして思うと30代はまだまだ若く、何かに挑戦するのに遅くないと思います。
将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください
これまでに明確な将来の夢を描いたことはないですが、研究に関しては、今は地に足の着いた研究を深く広く展開していきたいと考えています。病原性ビブリオを対象とした研究は縦深的に。これまでのやり方をもう少し深くすることで、一つ一つの横のつながりが見えてくるのではないかと思っています。そうすると、病原菌のふるまいをより高い解像度で理解できるのではないかと。縁あってか始めた細菌学ですので、そこに軸をおいてやっていけたらと思っています。
Profile
2022年度 化血研若手研究奨励助成
松田 重輝
大阪大学微生物病研究所 細菌感染分野
准教授