研究者インタビュー
正常造血幹細胞および白血病幹細胞の単一細胞レベルの代謝多様性の同定と制御機構解明
2022年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
血液細胞を作り出すもとである造血幹細胞は骨の中・骨髄に住んでいて、日々赤血球や白血球、血小板を作り続けています。私たちの研究室はこの造血幹細胞がどのようにして調節されているのかを深く知りたいと考えています。特に、私たちは造血幹細胞が代謝物によってどのようにコントロールされるか知りたいと思っています。
今回は、代謝物の中でも細胞のエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP)が造血幹細胞ではどのように作られているのか、作られ方に一つ一つの幹細胞ごとに個性があるのか知りたいと考えて研究提案をさせていただきました。質量分析などの代謝物解析では、たくさんの細胞から抽出された代謝物の平均値しか解析できませんが、1つ1つの幹細胞におけるATP解析が可能となる技術が新しく開発されたことで、細胞ごとの個性や秒単位のATP量変化の解析などが可能になってきています。このATPバイオセンサーのシステムは、細胞が生きたまま測定できることも重要な特徴です。様々なストレスがかかった状態の幹細胞や、白血病のような疾患においてATP濃度がどのように変わるかを追跡していくことで、1個1個の生きた細胞の中でどのような多様性が生じて、それがどのように帰結していくのかを明らかにしたいと考えています。
研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください
祖父がインドの昔の言葉のサンスクリット語の研究者、父が病理医で腫瘍や老化に関する研究者でもあるということもあり、研究する人生には親しみと憧れを抱いていました。そのため自分もその道を選択するのは自然なことでした。医学部に入学した当初は研究もする臨床医を目指していたのですが、学生時代に薬理学教室の先生と病理学教室の先生から研究の手習いをしていただき、その楽しさを実際に知ることができて、卒後は基礎研究に時間を捧げてきました。学生時代に病理学教室におられた池田栄二先生(現・山口大学医学部教授)から、細胞がどのように体内の酸素環境と向き合うのか、というテーマを頂き、その続きを造血幹細胞分野で研究し続けています。また、池田先生には形態学的なアプローチの美しさを教えていただいたので、(今回ご支援いただいている課題とは異なりますが)研究室ではイメージングを大事なアプローチにして今も継続しています。
研究というのは人類の知恵を増やす活動だと思っていて、新しい分野を作ったりするきっかけにもなるかもしれない、なかなか素敵な仕事です。たまたま自分は生命科学の分野でしたが、たくさんの種類から構成される血液細胞システムの多様性と、その源になる造血幹細胞に惹かれて今も研究を続けています。なにより、一緒に仕事をしている自分より若い人がどんどん成長していくのを目の当たりにすることは最高に嬉しいことです。キャリアなどに関わらず、互いを尊重しながらオープンに議論できることも研究に携わっていてよかったなと感じることです。
これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください
一番最初に教えてもらいつつやってみた実験は、不勉強による失敗に終わりました。プラスミドというDNAを大腸菌に導入して寒天培地にまいて、抗生物質を用いて目的のプラスミドを持つ大腸菌だけを選択的に増やす、という分子生物学の基本のシンプルな実験だったのですが、翌日研究室にいくと大腸菌は全く生えていませんでした…。当時のボスも勘違いされていて、間違えた抗生物質を使っていたのでした。それ以降は常にわがこととして非常に用心深くするように(自分なりに)なりました。
学部生の時は高いところから俯瞰して勉強する機会はなかなかありませんでしたが、研究を進めていく過程でもう一度教科書を読むと実はかつて見えなかった色々なことが書いてあって、勉強し直すと苦手だったものも楽しいと感じることがあります。私の専門分野でもある代謝生物学分野は、学部教育では暗記せざるを得ない事項が多いため苦手意識を持たれがちです。個人的には、研究をしていく中で、特定の代謝反応がこういう面白い現象につながるんだよ、ということが分かって、結果的にみんなが勉強するときに役立つような、そういうサイエンスになればいいなとも思っています。
今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします
化血研の助成は非常に競争率が高く、私は運よく選んでいただきましたが、事務局の皆様を始め非常に研究者に対するサポートが手厚い素晴らしい研究費であると感じています。競争率が高いのは事実ですが、応募しないことにははじまりませんので、皆さんが一番いま楽しい、やってみたいと思う最高の研究提案をふんだんに盛り込むと、もしかすると幸運に恵まれるかもしれません。
将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください
私たちの研究室の目標は、造血幹細胞が住まう骨髄環境の変化と幹細胞のふるまいをリアルタイムで追跡することと、それらを体外で完全に再現することです。今回の研究提案も、精密に造血幹細胞の性質を理解しようという試みの一つです。点描という絵画の手法があります。拡大すると一つ一つは点ですが、点を大量に置くことで非常に精緻な絵を描くことができます。私たちは一つ一つの点に相当する正確な解析を造血幹細胞や骨髄で行うことで、目標に向けて着実に進んでいきたいと考えています。
Profile
2022年度 化血研若手研究奨励助成
田久保 圭誉
国立国際医療研究センター研究所
生体恒常性プロジェクト プロジェクト長