研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

hnRNPのストレス顆粒形成による造血幹細胞の防御機構

2022年度 化血研研究助成

研究内容について教えてください

 全ての血液細胞を生み出す源である『造血幹細胞』は、他の血液細胞とは異なる特徴を多く有する細胞です。通常は骨髄内の微小環境であまり増殖せず休んでいますが、ひとたび必要になれば必要な細胞を即座に作り出し、そしてまた休眠期に戻ると考えられています。そのユニークかつ強力な能力の根源を司るメカニズムは未だ不明です。細胞の特性を特徴付けるのは遺伝子の働きの違いによるものだと考えられるため、世界中の研究グループで造血幹細胞と他の細胞に含まれるDNAやRNA、それにタンパク質の量を比較してきました。私達の研究グループでは、タンパク質の量だけではなく、「形」が変化することによる細胞の制御やストレス反応に興味を持っています。私達は以前、造血幹細胞はタンパク質を目的の形にする能力が他の細胞よりも弱いということを発見していました。そうであるならば、造血幹細胞に存在するタンパク質、特にその能力にとって重要なタンパク質は他の細胞とは異なる形をとっているかもしれないと考えました。タンパク質の形を網羅的に比較するのは非常に困難なのですが、スウェーデン・カロリンスカ研究所のRoman Zubarevとの共同研究により、造血幹細胞ではhnRNPというタンパク質群が強固な構造をとっていることを見出しました。

 hnRNPは、mRNAへの成熟や翻訳の制御をしていると考えられており、翻訳に制限を受けた細胞に形成されるストレス顆粒にも局在することが報告されています。本採択研究では、hnRNPと造血幹細胞の関係性を調べることで、造血幹細胞がどのように翻訳量の最適化をおこなっているのかを明らかにしたいと考えています。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 小学生の頃に惑星に興味があり、ボイジャー2号が送ってくる天王星や海王星の写真を食い入るように眺めていました。点としてしか観察されなかったものが明確な画像として眼前に現れたことにとても興奮し、その頃にはもう研究者になろうと決めていましたが、当時は天文学をやりたいと考えていました。しかし、小学校5年生の頃に図書館で「ポマト」というトマトとジャガイモを交配した植物に関する本を読み、細胞生物学や遺伝子工学に興味を持ち始めました。その後中学生の時にアポトーシスという現象を知り、胚発生で「多く作って残りは壊す」という一見無駄に思える生物の作戦に妙に心を動かされました。

 現在の研究分野に入った直接のきっかけは、縁と偶然によるものです。筑波大学大学院の修士課程に入学する際に、入試説明会の担当をされていた中村幸夫先生(現・理化学研究所バイオリソース研究センター)がアポトーシスの研究しておられたのでその研究室への所属を希望したのですが、そこが造血幹細胞研究の大家である中内啓光教授(現・スタンフォード大学)の研究室だったことから、アポトーシス研究と同時に造血幹細胞研究を開始しました。

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 よく「一番印象に残っている論文は何か」という質問を頂くのですが、私は大体2つの論文を挙げます。一つは大学院時代に発表した、自身の最初の論文です。研究者ならば誰でも経験すると思いますが、自信満々で有名誌に投稿し、次々にリジェクトされ・・・それでも長い時間がかかって受理・誌面発表された自分の論文を見た時は本当に嬉しかったです。研究が一つの形になって、世の中に発表できる素晴らしさを実感しました。もう一つはスウェーデン・ルンド大学でPIとなって初めての論文です。こちらは、研究資金の獲得から研究の立案、実験、執筆と全て自身の責任で行ったものなので、ようやく独立した研究者としてスタートラインに立てたという喜びがありました。

 12年間にわたるスウェーデン生活は、やはり自身にとって言葉では言い表せない意味合いを持っています。ポスドクから独立した研究者になるという研究キャリアでも重要な時期に、異なる文化やライフスタイルの環境に身を置けたことは、公私ともに計り知れない影響を与えてくれました。若手研究者に対するPIポジション獲得の機会も日本より多く、スウェーデン生活がとても肌に合っていたので、あちらで独立することを決意しました。様々な国から1人ずつメンバーが加わり、「気のあう仲間同士」という感じで和気藹々と研究を進められたのはかけがえのない財産です。今も行くと普通に「お帰り」と出迎えてもらえるように、ルンドは研究でも生活でも第二の故郷になっています。

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 化血研研究助成は血液・感染症分野でも基礎研究課題を支援してくださいます。私達の研究提案でも、幹細胞性の根源を探るというような細胞生物学・分子生物学的興味に真っ向勝負するような内容で応募致しました。アドバイスなどというようなことは言えませんが、これまでに明らかにしてきた研究内容をさらに発展させ、そこに独自性の高いアプローチと新しいコンセプトを盛り込んだ点を評価して頂いたのではと感じています。

 2023年度の募集からステップアップ研究助成という新たな枠組みが生まれ、化血研の方からも積極的に若手研究者をサポートしよう、そのためにはどういった仕組みが良いか考えようという意志が感じられます。人気が高く、競争の激しい研究助成ではありますが、ぜひ多くの方にチャレンジして頂きたいと思っています。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 トランスクリプトミクスからエピジェネティクス、プロテオミクス、そしてメタボロミクスと、次々に新たなアプローチが展開されています。私達はタンパク質の構造変化の重要性という点に着目して研究を進めてきましたが、このタンパク質構造変化がとても幅広い生命現象に関わっているということに改めて気づかされています。特に、代謝物や他の因子の結合によるタンパク質の構造変化が細胞運命決定やがん化を起こすスイッチであると考えており、網羅的にその仕組みを解明する方法を模索しています。

 例えば現在、胎児発生における母子連関でもこの代謝物―タンパク質相互作用が重要な役割を持っていることに着目しています。採択して頂いた研究課題でも、この母子連関制御でも、カロリンスカ研究所との共同研究が大きなブレイクスルーとなりました。幅広い分野の研究者と会って話をし、多くの情報を得ることは新たな研究を展開する上で不可欠だと考えています。長いトンネルのようだった新型コロナウィルスによる自粛も解け始めましたので、再び活発な研究交流が起こって智の融合・化学反応が起こることを願ってやみません。

Profile

2022年度 化血研研究助成
三原田 賢一

熊本大学 国際先端医学研究機構
特別招聘教授

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