研究者インタビュー
インフルエンザ感染における呼吸器M細胞の役割
2022年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
呼吸と栄養吸収は私達が生きていくために必要な機能です。その機能を担う呼吸器や消化器は口や鼻を通じて外界と繋がっています。これらの開口部からウイルスや食中毒菌も体内へと入り込んできます。そのため呼吸器や消化器などの粘膜組織では異物から体を守るための免疫機能が発達しています。私が研究対象としているのはM細胞という上皮細胞です。上皮細胞は粘膜面を覆い外界からの異物の侵入を防ぐ物理的障壁として働くのが主ですが、M細胞は逆に積極的に粘膜面の物質を取り込みます。このM細胞の働きによって、上皮下に存在する免疫細胞は管腔内物質を抗原として認識することができます。
これまでにM細胞の研究は腸管で行われ、腸内細菌に対する抗体産生に重要であることなどが明らかになってきました。一方で、腸管外のM細胞に関しては、その存在もはっきりしていませんでした。私は実験動物としてマウスを用いて、全身の粘膜組織におけるM細胞の分布を解析したところ、呼吸器においてM細胞が存在していることがわかりました。呼吸器M細胞は呼吸器疾患やインフルエンザ感染でその数が増加することから、これらの病気と何らかの関わりがあると考え採択テーマの着想に至りました。
研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください
子供の頃から本を読むのが好きでした。研究者へと進むことになったのはその影響が強いです。一番印象に残っている本はNASAの研究者であるカール・セーガン氏が書いた「コスモス」という本で、宇宙に関する本です。天文学から科学が発展していく過程について述べており、研究者に興味を持つきっかけになりました。そして、私が高校生だった頃に遺伝子工学が普及し、それを題材にした小説の影響を受け生物系の研究者の道を選択しました。
大学院時代には培養細胞を使って細胞内物質輸送機構の研究をしていました。研究を続けていくうちに、体の組織を作っている細胞は多様であり、それぞれ性質が大きく異なることに興味を持ちました。しかし、培養細胞ではその性質が失われていることも多く、実際の体の中で細胞内の物質輸送機構はどのように行われ、その機能破綻が生命機能にどれくらいの影響を与えるかを知りたいと考えるようになりました。その時にM細胞のことを知りました。M細胞は上皮細胞でありながら、貪食細胞のように、大きな物質を取り込むという特殊な性質を持っています。このような性質を持つ培養細胞株は存在しません。そこで、この取り込みの分子機構を知りたいと考え、M細胞の研究を始め、現在まで続けています。
これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください
初めて発表した論文のことが印象に残っています。蛍光タンパク質GFPとRFPの性質の違いを利用することで、オートファジーの進行をモニターできることを示した論文です。オートファジーは中性の細胞質から酸性のリソソームへと物質を輸送し不要物を分解する経路です。当時、私はオートファジー膜上に存在するLC3という分子にGFPを融合させて、生きた細胞内でオートファゴソームの動きを解析していました。ちょうどその頃、赤色の蛍光タンパク質RFPが開発され、興味本位でいろんな色で見てみたいなと思い、LC3とRFPの融合蛋白質を作製して観察を行いました。その結果、細胞内の局在がGFPとRFP融合タンパク質で異なることに気が付きました。初めは「RFP融合タンパク質はなんか変だから使えないな。」と思っていたのですが、よくよくRFPの蛍光を観察すると、RFPはリソソームで蛍光を発すること、GFPは消光していることがわかりました。つまり、細胞質ではGFPとRFPの両者が蛍光を発しますが、リソソームではRFPしか光らないという蛍光プローブに応用できます。当時、オートファジーの進行をモニターする手段が限られていたこともあり、すぐにまとめて論文としました。その後、私の研究はオートファジーから離れていますが、現在でも引用されるインパクトの高い論文となっています。
今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします
M細胞の研究はかなり永く続けられていますが、未だその機能には不明な点が多く残されています。今はまだM細胞はマイナーな細胞であり、分野の主流となっている細胞ではありません。細胞数も少なく解析も難しいことも理由の一つであり、M細胞の新たな機能、解析ツールの開発など地道に研究を継続していくことで、今後色々な新しいことがわかってくるのではないかと期待しています。実はオートファジーは、今ではとても活気のある研究分野ですが、私が学生のときには研究している研究者は少なかったです。ですが、私が大学院生の間の数年間で一気に活性化しました。そこには、日本の研究者を始めとした本当に基礎的な研究の積み重ねがありました。その頃に、オートファジー研究に関われたことがとてもよい経験になっています。M細胞研究も今後活性化させて行きたいと思って研究を続けています。これから研究を行う若い人にも、流行りの研究テーマでしのぎを削るのも良いのですが、今はまだ誰もやっていないような研究テーマを見つけ、自ら研究領域を創出するような研究をやってもらいたいなと思っています。
将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください
粘膜面の物資を取込む能力が高いM細胞は、任意の抗原をM細胞経由で取り込ませることで、粘膜免疫応答を活性化させるワクチン開発への応用が期待されています。しかし、未だに実用化に達していません。M細胞研究を続けることで、効率的で安全性の高い粘膜ワクチン開発に発展させたいと考えています。
粘膜ワクチンは粘膜での免疫応答を活性化させることで、ウイルスや病原体の体内侵入を防ぐことが期待されています。また経口や経鼻投与が可能であるので、低コストかつ投与の手間を省くことができます。SARS-CoV-2などのヒト感染症への適用はもちろんのこと、餌に混ぜ家畜へと投与することで、鳥インフルエンザ、口蹄疫の予防も可能になるのではないかと期待しています。
また、呼吸器M細胞研究を進めるにつれて、呼吸器の上皮細胞についても不明なことが多いことがわかって来ました。将来的にはM細胞で培った解析技術を、他の粘膜上皮の研究に発展させ、上皮細胞機能を明らかにしたいと考えています。
Profile
2022年度 化血研若手研究奨励助成
木村 俊介
慶應義塾大学 薬学部
准教授