研究者インタビュー
腸管粘膜免疫誘導能向上のための最適な宿主環境の解明
2022年度 化血研研究助成
研究内容について教えてください
ロタウイルス胃腸炎(RVGE)は小児の下痢症の主要な起因病原体で、かつては多くの乳幼児がRVGEにより脱水となり外来で点滴を受けたり入院が必要になったりしていました。ワクチン導入前は、年間26,500~78,000人の子どもが入院加療を受けていたとの推計もあり、感染力が非常に強いため、保育施設内や病院内での流行も問題となっていました。世界的に見ると、発展途上国の小児を中心に下痢による脱水でいまだに多数の子どもが亡くなっています。しかし、ロタウイルス(RV)ワクチンが開発され、我が国でも実際に子どもたちへの接種が開始されて以降、RVGEの患者数は激減し、外来、入院患者がほぼなくなってきています。このように、先進国ではRVワクチンの効果は極めて高いことが示されていますが、死亡者の多くを占める発展途上国ではその効果が低いことが大きな問題となっています。その原因を明らかにし、発展途上国の子どもたちのRVワクチン効果を高めることで、一人でも多くの子どもの命を救うのがこの研究の目的です。
RVワクチンは弱毒生ワクチンで、経口投与され小腸内でワクチン株ウイルスが増殖することで免疫が誘導されます。そこで本研究では、ワクチン接種を受けた子どもの腸管内の細菌叢に着目し、より良好なワクチン株ウイルスの増殖と免疫誘導が可能な腸内細菌叢を明らかにし、さらにはそのデータを基に人為的に腸内細菌叢を制御することで、子どもたちに強力な免疫を誘導することを目指しています。
研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むことになった経緯を教えてください
小児科医になった際には、血液腫瘍の子どもたちを診療することが夢で、初期研修を終えたらその分野の専門施設へ国内留学して研鑽を積もうと思っていました。そのような中で、その後私のメンターとなる浅野喜造先生が米国留学を終えて大学へ戻られ、当時は臨床しかしていなかった私をHIVに関する研究成果を発表するために米国NIHへ連れて行ってくださいました。初期研修を終えたばかりの4月上旬で、ワシントンDCのポトマック川沿いにハナミズキの花が咲き誇り、非常に美しかったことを覚えています。子どもの頃から海外へのあこがれが強く、よくテレビの旅行番組や海外ドキュメントを見ていた私にとって、この時点から米国へ留学し海外で研究生活を送ることが夢となりました。そのためには臨床だけでなく常に新しい発見を求めて臨床ウイルス研究を行い、それを海外でも認められるような英語論文にまとめることの重要性を教えられ、それを実践してきました。当時、我々は大阪大学の山西先生らと一緒に突発疹という子どもの熱性発疹症の原因が新しいヘルペスウイルスであることを突き止めたところで、それ以来そのウイルスを含む様々なウイルスに関する臨床研究に邁進してきたという状況です。
これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください
中学時代から部活動はサッカー一筋でしたが、自分たちでチームを強くする方策を常に考えながら練習していました。また、試合で良い結果を出すためには、いかにして普段の練習で自分を追い込むかが重要ということを身をもって学びました。その経験は初期研修医、その後の小児科医としての臨床、研究面でも役立っていると思います。初期研修医時代は2日に1回当直をしていましたが、当時は少しでも多くの病気の子どもたちを診療することが自分の目指す医師像に近づくためには必須だと思って頑張っていました。そのような臨床経験があったからこそ、その後の研究生活においても全力で取り組むことができたのだと思います。
もう一つ、海外留学も私にとって貴重な学びの機会だったと思います。米国では研究のみならず日常生活においても多くの苦難に見舞われましたが、問題を解決するためにいかに工夫するか、常に考えながら行動することの重要性を学びました。平易な道を何事もなく進むより、より困難な道でアイデアを絞り、壁を乗り越えながら進む方が達成感を得られます。そのような経験を経て培った、過去にとらわれることなく常に新たなチャレンジを進める姿勢は、現在組織をマネージメントする上でも役立っていると思います。
今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします
私がメンターの浅野先生から教えられた重要なことが3つあります。一つ目は、教科書に載るような仕事(研究)をしなさいということ、二つ目は他の誰も行っていない独自の仕事(研究)に取り組むこと、そして三つめは一つの研究テーマに継続的に取り組むこと(時の流れに左右されて研究対象を変えない)です。私たちが長年にわたって研究しているHHV-6というヘルペスウイルスは、前述のように突発疹という子どもの病気の起因病原体です。この病気はほとんどの子どもが乳幼児期に罹患しますが、熱性けいれんや稀に脳症を起こすものの基本的には無治療で治る病気です。ある学会で、私たちがこのウイルスについての研究発表をした際、フロアーから「先生たちはなぜそのウイルスの研究をするのですか?」と質問されました。つまり、なぜそのような大した病気でもないのに研究するのかという質問です。それに対して、浅野先生は「他に誰も研究していないからです」と短く返答しました。実際私たちの研究成果は、国際的に見ても独創的な研究成果と評価され、ウイルス学、小児科学分野の一流英文雑誌に掲載され、英語のテキストブックにも引用されています。私が教えられた三つのポイントは、若い研究者の皆さんにとってもきっと役立つものと思います。
将来の夢、研究を発展させるビジョンについて教えてください
将来の夢は、可能であれば発展途上国の小児医療、特に小児感染症分野の発展に寄与したいと思っています。個々の子どもたちを診療することも大切ですが、機会があればそのような発展途上国の保健衛生システムの改善やワクチン行政、臨床研究などに関わり、全体的な小児医療の底上げに貢献できればと思います。また、人材育成という点では、臨床現場で有用性の高い研究成果を生み出せるようなリサーチマインドを持った小児科医の育成に力を注いでいます。最近は海外へ留学するよりも臨床現場で経験を積んで専門医を目指す若手が増えている印象があります。しかしながらこの傾向が長く続くと、研究に対する意欲の低下や基礎研究離れにつながり、最終的に我が国からの独創的な研究成果が出なくなってしまう懸念があります。今年の日本小児感染症学会、来年の日本ウイルス学会の大会長として企画をする機会には、若手のリサーチマインドを刺激し、基礎と臨床の研究者間の交流が促進できるような企画を準備しようと思っています。
我々臨床医が研究を発展させるためには、自分たちのアドバンテージである患者さんを常に診ていることを生かすことだと思います。現状の診療に満足することなく、常に問題点、疑問点を探し、見つけた課題をどのような研究手法で解決できるか考え続けることが大切です。実際に子どもの診療をしていると、疑問点はあらゆるところに存在しています。そのような観点から取り組んだ研究成果は、必ず強いインパクトをもって受け止められると思います。
Profile
2022年度 化血研研究助成
吉川 哲史
藤田医科大学
医学部 医学科 小児科学 主任教授