研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

ポリコーム抑制複合体2機能低下型骨髄異形成症候群のがん幹細胞維持機構の解明と新規治療標的分子の探索

2022年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 ポリコーム抑制複合体2(polycomb repressive comprex2, PRC2)は遺伝子発現を抑制するタンパク質の複合体です。造血細胞においてPRC2の機能が低下した骨髄異形成症候群(Myelodysplastic Syndromes, MDS:貧血などを特徴とする血液のがんで、重症の白血病に移行することから前白血病とも呼ばれる難治性の疾患)の患者が存在することがわかっています。私は、血液細胞だけにPRC2の機能が低下するマウスを作製し、PRC2が低下したMDSの疾患マウスモデルを構築しました(血液細胞以外は正常なので、血液疾患を模しています)。このマウスモデルを使って、MDSが起こる原因を解析し、MDSにおける貧血がCdkn2a-mdm2-p53経路に依存することを明らかにしました(Aoyama et al., Leukemia, 2021)。しかしながら、有効な治療法は確立されていません。

 そこで、現在は主にクリスパースクリーニングや近位依存性ビオチン化酵素によるタンパク質相互作用解析(BioID法)を用いて、PRC2低下型MDSについてより詳しく解析し、抑制するとMDS細胞が排除されるような有効な治療標的分子を探索しています。今回はこの研究テーマで採択していただきました。若手研究者にとって300万円の研究助成金は大変貴重ですので、この場を借りて御礼申し上げます。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むことになった経緯を教えてください

 生物学に興味を持ったきっかけは、高校の生物で「遺伝子の塩基配列がタンパク質のアミノ酸配列に反映される」というコンピューターのような仕組みが生物の中に存在していることを知り、非常に感動したことでした。医療の分野にも興味があり、大学は薬学部に進学しましたが、高校生物の感動が忘れられず、自分の興味に近く、基礎研究に強い分子細胞生物学研究室に入りました。変異体の発現ベクターを設計、作製した際に、塩基配列を変えることで、本当に(しかも精密に!)発現するタンパク質のアミノ酸が変化することを目の当たりにすることができました。このような技術を基に、がんに関わるチロシンリン酸化シグナルがヒストン修飾、及びクロマチン構造変化を誘導して、遺伝子発現制御に寄与することを明らかにして、学位を取得しました。分子細胞生物学研究室で研究する過程で、これまで培った能力や経験を活かして、医学、医療の発展に貢献したいと考えるようになりました。そこで、血液がんの分野におけるヒストン修飾や遺伝子発現異常を研究していた同大学医学部の細胞分子医学研究室にポスドクとしてお世話になり、本研究課題につながる研究を開始することになりました。

 研究者を目指すにあたって、恩師の言葉もきっかけになりました。大学4年生の時に、恩師である山口直人教授に、「これまでに研究者になるべき学生が3人いて、そのうち一人が君だよ」と言っていただきました。その頃はまだ研究を開始して一年も経っていませんでしたので、ピンと来ていませんでしたが、最終的にはその言葉に励まされました。もしかしたら、他の進路は向いていないというネガティブな意味だったのかもしれないですが(笑)。研究者を目指して本当に良かったと思っています。

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 学生時代の経験として印象に残っているのは、人生で初めてのリバイスが大変だったことです。査読者から約30個のコメントがついて、ほとんど全てに実験で回答することになりました。プライベートの予定(結構大事だったのですが)もキャンセルして、3ヶ月の期限までにできるだけ多くの実験を行い、全てのコメントに答えて無事アクセプトになりました。リバイス実験でデータの量が二倍くらいに膨らんでいました。これまでにない達成感を感じたので、非常に印象に残っています。

 その他のエピソードとして、学生時代は勉強のためにとにかくたくさん国内外で学会発表を行いました。初めての英語での口頭発表はとても緊張しましたが、英語に慣れていない分スライドをわかりやすくしてなんとか伝わるように工夫しました。また、発表賞を目指して、実験が終わる21時以降に後輩を集めて発表と質疑応答の練習会を行っていました。その成果が実り学生最後の年に発表賞を取れました。しかも一番協力してくれた後輩とのダブル受賞でしたので、とても嬉しく、その後の研究活動を支える強力な成功体験となりました。

 学位取得後は、世界最大規模の医学生物学系研究所であるNIH(アメリカ国立衛生研究所)に3年間留学しました。研究のサポート体制が整っているのが印象的でした。特にコアファシリティーが充実しており、技術提供だけでなく技術指導も行っていただけました。残念ながら、後半の1年半はCOVID19の影響で研究所が約100日間閉鎖することになり実験が満足にできなかったのですが、その代わりに在宅ワークの時間を論文の執筆や自己研鑽の時間に当てました。次世代研究者の育成に興味があった私は、ポスバク(学部卒業生)によるオンラインでのポスター発表の審査員を有志で行いました。数十人のポスバクと議論を行いましたが、どの学生さんも経験が浅いながらとても堂々とされていたことに大変感銘をうけ、貴重な経験となりました。また、このCOVID19による研究所閉鎖の期間にちょうど二人目の子供が産まれましたので、産休・育休をとらせていただきました。アメリカの自然や文化にも触れることができ、公私共に充実した研究留学になりました。

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 若手研究者の皆さんには、ご自身の強みやこれまで積み重ねてきた独自の経験を存分に活かして研究を楽しんでもらいたいと思います。研究は創造力、分析力、情報収集力、コミュニケーション力、言語力、体力などあらゆる能力が活かせる楽しくやりがいのある仕事です。私は研究を始めて最初の1年くらいは、不器用で失敗ばかりだったため、研究に全く自信が持てませんでした。しかし、私には「好きなことは飽きずに長く続けることができる」という強みがあります。研究は好きでしたので、失敗しても挫けず、粘り強く、飽きずに、常にモチベーションを高く保つことができ、博士過程が終わる頃には、留学を目指すほど自信がついていました。

 研究費を獲得するにあたっては、申請書を早めに作成して、できるだけ多くの方からフィードバックを受けることが重要だと思います。私の場合は、同じ研究室の方以外にも、出身研究室の仲間や家族や有料の添削サービスも利用していました。「未解明だからそれを調べる」という動機では弱いという指摘を受けて、それ以降は自分の研究実績と関連付けて”自分がそれをやる意義”をしっかりアピールするよう心がけています。

将来の夢、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 自分にしかできないサイエンスを展開し、医療の発展に貢献することが最大の目標です。私の専門分野は細胞内シグナル伝達や遺伝子発現機構の解析です。これらは細胞にとって大変重要な制御機構で、破綻すると白血病、癌、神経変性疾患など多くの疾患の原因となります。これまで血液がんの研究を展開してきましたが、いまだ医療に直接貢献できたことがありません。今後は、より詳細な疾患の原因を解析し、新規治療薬の確立を目指したいと思います。特に、PRC2の関与が示唆されている精神疾患やアンチエイジングなどの研究領域にも幅広く自分の技術や経験を応用していくことが将来的には楽しみです。

 また、科学は長く継続的に発展していくことが重要です。そのため、私は次世代の研究者(研究者以外の人材も含めて)の育成にも注力したいと考えています。今はまだ修行中の身ですが、将来的には研究室を主宰して、自分が学んだ知識や技術を次世代の人材に伝え、かつ彼らの強みを活かせるような環境を作りたいです。彼らの独自のアイデアと私の経験を組み合わせて、新しいサイエンスを展開することを理想としています。彼らがより高いレベルで活躍できるように導くことで、社会に貢献できたらと思っています。

Profile

2022年度 化血研若手研究奨励助成
青山 和正

東京大学 医科学研究所
幹細胞分子医学分野 特任助教

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