研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

ウイルスに特殊なRNA高次構造を誘導する新規機構の解明

2021年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 デング熱は、蚊が媒介するウイルス感染症で、年間1億人が感染します。効果的なワクチンや治療薬がないので、これまでは、殺虫剤や虫除けを使って、蚊に刺されないようにする、という対策しかありませんでした。ですが、近年、媒介昆虫のネッタイシマカは、ボルバキアという細菌が共生しているとウイルス感染症を媒介しなくなることがわかりました。実際に、ボルバキア共生蚊を人為的に定着させた地域では、デング熱患者が劇的に減少しました。しかし、なぜウイルスが媒介されなくなるか、その理由はわかっていません。

 共生細菌のボルバキアは宿主細胞の外では増殖できず、雌の生殖細胞に共生したものがミトコンドリアのように子供に伝わります。昆虫との共生関係は数億年に渡ります。つまり、その間、ずっと宿主の細胞内にいるわけです。きっと、自分たちの都合のいいように宿主細胞を巧みに操作しているはずです。ウイルスを抑える能力も、その進化の過程で身につけたものであり、巧みにウイルスの弱点をついていると推測できます。今回採択されましたテーマでは、この効果的にウイルスを抑える機構を明らかにしたいと考えています。

研究者を目指すきっかけ、感染症分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 子供の頃、庭のミカンの木に来るアゲハチョウが、蛹になる場所によって表皮の色を変えたり、数日で姿が全く異なる成虫へと変態したりする様子をよく観察していました。人間とは全く異なる体の構造や生活様式が、とても面白かったのだと思います。

 大学の研究室では、祖父が養蚕業を営んでいたこともあり、馴染みのある蚕の研究室で、昆虫の変態を研究テーマに選びました。研究室は、自由な雰囲気で、実験デザインなども自ら行い、実験装置も思う存分使わせて貰えました。実験をやればやるほどデータが出て、それが凄く楽しくて研究に没頭していました。この経験が将来研究者になりたいと思ったきっかけとなりました。しかし、当時はまだ蚕で遺伝子の機能解析をすることが難しく、一度、モデル生物を用いた研究したいと思っていました。幾つか応募したところ、ショウジョウバエの性行動を研究しているラボで、昆虫の性を操作する共生細菌ボルバキアの研究をする機会が得られました。

 ボルバキアは、当時、遺伝子の機能は全く調べられていませんでした。昆虫の細胞内で数億年過ごしているような細菌なので、何か面白いことをしているに違いないと思い、そこから十数年、この共生細菌の引き起こす現象について研究を行っています。デングウイルスなどの感染症ウイルスの増殖を抑える、という現象もそのひとつです。

これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?

 共生細菌ボルバキアが宿主操作に用いていると思われる因子を、世界で初めて同定したことです。ボルバキアは、ボルバキアにしかない機能未知の遺伝子を数百持っていますが、遺伝子操作ができないため、当時は誰も解析を行っていませんでした。そこで、遺伝子解析ツールが充実している宿主のショウジョウバエに、ボルバキア遺伝子を導入することを思いつきました。ショウジョウバエ培養細胞を用いてボルバキア遺伝子のスクリーニングを行い、ヒットした遺伝子を個体に発現させて調べると、雌の生殖幹細胞が増えていることがわかりました。その後、卵巣に共生したボルバキアが、生殖幹細胞を増やして、ボルバキアが感染する卵を沢山産ませているらしい、ということがわかりました。

 幹細胞への効果を発見した時は、とても感動しましたし、効果が非常に強く通常は起こりえないことだったので、偶然ではないだろう、と思いました。心残りは、当時まだ同定されていなかった細胞質不和合性という現象を引き起こす別のボルバキア遺伝子も、このスクリーニング系でとれる可能性がありました。その点、もう少し頑張ればよかったな、という思いがあります。

今後の応募者へのアドバイス、感染症分野に挑む若手研究者へのエールをいただけますか?

 私のような新参者でも採択して頂けましたので、これから感染症の研究を始めようとされている方は積極的に応募されることをおすすめします。僭越ながら、研究費の申請に関することですと、自分の興味や大きなビジョンに基づいた研究テーマを設定して、素直に(背伸びせずに)申請書を書くことが重要ではないかと思います。

 特に、学生の皆さんは、心の底から面白い、やりたい、と思える研究に取り組んでほしいと思います。誰も取り組んでいない生物や現象の研究を始めるのは苦労が多いかと思いますが、それを乗り越えれば、他にない独自の研究として自分自身の強みとなります。新しい分野を開拓できるのは皆さんだけですので、頑張って欲しいです。

将来の夢、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 病原体と共生微生物の垣根を越えた研究を行っていきたいです。進化的には垣根などないため、共生微生物と宿主の関係を調べていけば、病原体と人間の関係もわかると思っています。デングウイルスも、蚊では共生ウイルスの様に振る舞いますし、昆虫の共生ウイルスとも近縁です。ボルバキアのウイルスを抑える能力は、昆虫細胞内で共生ウイルスと出会ったことで生まれたと推測しており、そのことを示す手がかりを得たいです。

 また、共生細菌ボルバキアが、宿主操作に使っている分子も他に同定したいです。遺伝子産物以外の物質も同定できるようなスクリーニングを行い、昆虫や哺乳類細胞を効果的に操作できるような物質を見つけたいと考えています。

Profile

2021年度 化血研若手研究奨励助成
大手 学

東京慈恵会医科大学
熱帯医学講座 講師

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