研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

人類の脅威となりうる新興・再興ボルナウイルス感染症の制御に向けた基盤研究

2021年度 化血研研究助成

研究内容について教えてください

 現在、研究室では一本鎖マイナス鎖RNAウイルスであるボルナウイルスに関連したいくつかの研究プロジェクトに取り組んでいます。ボルナウイルスは、1980年代から90年代にかけて、人の脳神経疾患との関連性が指摘されたボルナ病ウイルスを含む人獣共通感染ウイルスです。ボルナウイルスの研究は、私が留学から帰国した1998年に開始しました。当時、このウイルスに関しては、病原性や複製の仕組みを含めほとんど何もわかっていませんでした。それらを独自に明らかにすることに魅力を感じて研究を始めました。ボルナウイルスは、人に流行を起こしたり、顕著な病原性を示したりするウイルスではありません。ですので、研究者人口も少なく、このウイルスを研究し続ける意義を時として問われます。私がこのウイルスの研究を続けたのは、感染症としての課題を解決する従来のウイルス学を展開できるだけではなく、新しい課題を生み出してオリジナルの科学的探究を存分に展開できることにあります。これまでに、「RNAと細胞核」「進化と適応」「RNAウイルスとベクター開発」など、独自性のある研究テーマでウイルス学を展開してきました。さて、採択テーマですが、近年、ヨーロッパを中心に感染が問題となっている再興ボルナウイルスときわめて致死性が高い動物由来新興ボルナウイルスに関連したテーマです。ボルナウイルスはいまだ感染受容体が発見されていません。また、新興ボルナウイルスの人への病原性の仕組みも不明です。世界でも数少ないボルナウイルス研究者としては、どうしても自らの手で明らかにしておきたい研究テーマですので、本助成金に採択されたことを心より感謝しております。

研究者を目指すきっかけ、感染症分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 出身は獣医学科です。もともとは臨床獣医師を目指していたと思います。ただ、基礎系の学問にも興味があり、学部時代には病理学研究室に所属して病理切片の作製と顕微鏡観察を行っていました。おそらく性格的には、臨床獣医というよりもひたすら顕微鏡を眺めるという作業の方があっていたのだと思います。病理の研究を進めるうちに顕微鏡で見るミクロの世界が好きになり、いろいろと病理切片を観察するようになりました。当時、研究室には寄生虫の研究も行っており、卒業研究として鳥類の原虫症に関するテーマで組織切片や電子顕微鏡での観察を行うようになりました。原虫症を研究するうちに感染現象全般へと興味がわき、研究を続けるきっかけとなりました。そこで、感染症ならもう少し小さい研究対象であるウイルスが面白いかなという単純な思いで、1990年当時、京大のウイルス研究所におられた速水正憲先生の研究室に研究生として入れていただくことなりました。これがウイルス研究の最初です。京大ウイルス研ではHIVとSIVの研究をしていました。運良く、1年間の在籍で論文がかけたこともあり、そのまま研究を続けることにしました。翌年に東大獣医の故・見上彪先生の研究室に大学院生として加えていただきました。そこでは、現在も付き合いのある多くのウイルス研究者の先生方と知り合うことができ、現在まで研究を続けることができているのだと思います。

これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?

 やはり海外留学です。大学院を修了し1年間は学位を取得した研究室で博士研究員として働かせていただきました。その後、米国ボストンのタフツ大学のJohn Coffin博士の研究室でポスドク生活をスタートしました。Coffin博士はレトロウイルスに関する世界的権威で、HIVをはじめ、動物由来レトロウイルスを用いた基礎研究や内在性レトロウイルス研究など幅広い興味で研究を進めていました。私はその中でもマウスゲノムに内在化しているレトロウイルスのカタログ化と進化機構の解析に従事しました。そこで学んだのは、研究テーマは病原性ウイルスとは全く関係のない基礎研究なのですが、Coffin博士の研究室では脈々と受け継がれているテーマであり、知見の蓄積が膨大なのと、その積み重ねが時に科学的なブレークスルーを生み出すということです。現在、内在性レトロウイルスが細胞機能や遺伝子の発現、そして病気の誘導など多くの生命現象に深くかかわっていることは常識となっていますが、それらの基礎となった研究の多くはCoffin博士の研究室から生み出されたものです。常識にとらわれない視点で新しい科学的問いを生み出すことの重要性を学んだと感じています。この姿勢は、私の内在性ボルナウイルスの発見につながっています。内在性ボルナウイルスの発見により、さまざまな方向性に古ウイルス学研究が広がりを見せていることはやはりキャリアの中でも印象的です。

今後の応募者へのアドバイス、感染症分野に挑む若手研究者へのエールをいただけますか?

 応募者へのアドバイスというよりも、感染症分野の若い研究者に向けた話になるかもしれません。感染症分野の研究者、特に大学などアカデミックにおける研究者は、人類の感染症の課題解決を目指すとともに、サイエンスを発展させるという使命があると思います。科学の発展のためには、常識的なことにとらわれずに「問い」を投げかけ続けてください。研究から「問い」を生み出さないと科学にはなりえないし、新しい発見も正しい「問い」がなければ発展はないと思っています。私はそれが独創性だと思っています。興味を持ったことは周りに流されずに続けてください。

研究を発展させるビジョンについて教えてください

 将来の研究ビジョンはいくつかあります。ひとつはやはりボルナウイルス研究を完成させたい。このウイルスにはわかっていないことがまだまだたくさんあります。ウイルス学者として純粋にボルナウイルスというものを知りたいです。2つ目は内在性ウイルス配列の進化の謎を解き明かしたい。なぜ内在性ウイルスの中には何千万年間も遺伝子やRNAとして機能を持つかのように配列を保存されているものが多いのか。この謎はウイルスだけではなく、生物のゲノムや遺伝子の進化と適応の謎を解き明かします。そして最後は、これが今後の一番の展開を期待しているものですが、ウイルスの医薬品利用に関する研究ビジョンです。現在、私たちが開発したボルナウイルスを利用したウイルスベクターは遺伝子細胞治療への適用に向けた開発が進んでいますが、その過程ではさまざまな疑問や課題が生まれてきました。現在、遺伝子細胞治療やがん治療などの次世代医療に適応されているウイルスは、アデノ随伴ウイルスやレンチウイルス、そして単純ヘルペスウイルスなど、数種類に限られています。しかしながら、新学術領域研究「ネオウイルス学」をはじめとする近年のさまざまな研究により、ウイルスの多様性と多彩な特性が明らかになってきました。そこには、例えば私たちが開発したボルナウイルスベクターのように、未来の医薬品へとして高いポテンシャルをもったウイルスやウイルス由来産物、いわゆる「ウイルス資源」がいまだ多く埋もれている可能性が示されています。これら多様なウイルス資源を発掘あるいは再認識し、医薬品としての研究開発を進めることは、ウイルス学の発展のみならず、遺伝子治療薬の新規モダリティ開発、そしてわが国の医薬品開発の競争力を向上させると期待できます。現在、他の研究者や関連学会を巻き込んで、新たなウイルスモダリティを探る研究会やシンポジウムをおこなおうと考えています。

Profile

2021年度 化血研研究助成
朝長 啓造

京都大学
医生物学研究所 教授

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