研究者インタビュー
新概念「受容体模倣シス膜融合誘導」による麻疹ウイルス中枢神経病原メカニズムの解明
2021年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
麻疹ウイルスは現在でも発展途上国を中心に世界で流行しており、年間20万人が死亡する危険な感染症です。このウイルスはヒトの免疫系および上皮系の細胞に感染して高熱と発疹を特徴とする麻疹(はしか)の原因となりますが、ヒトの脳内では増殖することができません。しかしながら、まれにウイルスが脳内で変異して増殖できるようになると、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)を引き起こします。残念ながらSSPEには効果的な治療法が存在せず、最終的には死に至ります。もともと脳に病気を起こさないはずの麻疹ウイルスが、どのように脳炎を引き起こすのか。そのメカニズムは謎に包まれており、私たちはそのミステリーの解明に取り組んできました。私たちの研究により、麻疹ウイルスは進化の結果、これまで知られていなかった「受容体模倣シス膜融合誘導」と呼ばれる現象を利用して神経で増殖することが明らかになりました。宿主因子CADM1 /2は同一細胞膜状に存在するウイルスタンパク質に受容体のように働きかけ、神経細胞同士を融合させて麻疹ウイルスの増殖を助けるのです。現在はその詳細なメカニズムの解明に取り組み、ウイルスの驚くべき進化ポテンシャルについて新たな知見を得つつあります。
研究者を目指すきっかけ、感染症分野へ進むこととなった経緯を教えてください
私が研究者を目指したのは、医学部3年生の春休みにウイルス学教室でウイルスの病原性発揮メカニズム(ウイルスがなぜ病気を引き起こすのか)の研究を指導していただいたことがきっかけです。研究室では授業の時とは異なり、教授も学生も皆が目を輝かせて活発に議論していました。私もそのような方々と新しいことをどんどん明らかにしていく時間を共有させていただき、楽しい時間を過ごせました。その時に感じたのが、ウイルスの病原性発揮メカニズムを解き明かしていくことはとてもエキサイティングであるということでした。
ウイルスは単なる風邪から肺炎や脳炎などの重篤な疾患まで、様々な病気の原因となります。面白いことに、ウイルス粒子としての構造がよく似たものであっても、それによって引き起こされる症状は多種多様です。例えば麻疹ウイルスとムンプスウイルスは近縁のウイルスで、エンベロープを持つRNAウイルスですが、引き起こす病気は前者が麻疹、後者が急性耳下腺炎と、まったく似ていません。これはウイルスの分子レベルの性質が異なるためです。分子レベルの性質と聞くと複雑な因果関係を思い浮かべるかもしれませんが、実は意外にもシンプルなメカニズム(ウイルス分子の1アミノ酸置換や、特定の宿主分子の有無など)によって病原性が決まっていることがたくさんあるのです。私はもともと「複雑なものをシンプルに解き明かす」ことに自然と頭を使ってしまう人間です。ウイルス学であればそれをそのまま仕事にできる。これが最終的にウイルス学を続けようと決心した理由です。
これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?
2021年3月に前教授が退官されてから現在までの1年半は、本当に密度の濃いものでした。ウイルス学分野のスタッフは助教の私のみとなり、大学におけるウイルス学の研究・教育のすべてを経験できたのは本当に貴重だったと思います。医学部や大学院の講義、研究室の管理・運営、予算の申請、大学院生や学部生の研究指導と並行して、自身も一人の研究者として実験しつつ、論文を書いていく。次の教授が着任するまでの臨時とはいえ、その責任は重いものでした。周りの先生方や学生たち、そして家族のサポートがあってこそ乗り切れたのは言うまでもありませんが、この経験はいずれ私が独立した後に質の高い研究・教育を実現するための基盤となることは間違いないでしょう。
感染症分野に挑む若手研究者へのエールをいただけますか?
自分のセンスと能力を信じ、自分が面白いと思う研究計画を立て、自分の満足する研究成果を世に出し、積極的にその面白さをプレゼンテーションしていく。その結果、いつか自分以外の誰かに高く評価されればもうけもの、というスタンスで私は研究に取り組んでいます。頻度は高くありませんが、自分の研究の面白さに共感し、その意義を理解してくれる仲間に出会ったときの喜びを、これまで何度か味わうことができました。
私自身が今後、どのような道をたどるのかは全く分かりません。私の研究者としての価値が自分以外の誰にも認められなければ、研究の継続が困難になることもあるでしょう。それでも、一度きりの人生、自分なりの正解を見つけて前に進んでいきたいと考えています。何のために生まれて、何をして生きるのか。常に自身に問い続けながら、自分の人生を全うしたいと考えています。
将来の夢を教えてください
私の夢の実現のための第一歩は、まず研究室主催者になって自分の研究室を持つことです。長期的な視野で研究を発展させるには、「研究室」という組織を構築できる権限を獲得することが必要条件です。私のやりたいことをより効率的に実施するには、より自由かつ責任ある立場が必要だと感じます。その上で、ウイルスの病原性発揮メカニズムの解明にチームとして取り組んでいきたい。麻疹ウイルスの脳炎発症メカニズムにはまだまだ分からないことがたくさんあります。近縁のムンプスウイルスは耳下腺炎、髄膜炎、難聴など多彩な症状を起こしますが、こちらもそのメカニズムはほとんど解明されていません。ウイルス学には130年の歴史がありますが、それでも未解明のまま残されている謎がたくさんあります。その解明にはよほどの発想の転換が必要である可能性が高いのです。私の諸能力を動員して、一つ一つ明らかにし、人類の持つ知識を増やすためによりいっそう貢献していきたいと思っています。
Profile
2021年度 化血研若手研究奨励助成
白銀 勇太
九州大学 大学院医学研究院
ウイルス学 助教