研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

シェルタリン複合体因子群による造血幹細胞のストレス保護機構

2021年度 化血研研究助成

研究内容について教えてください

 私の研究テーマは、「シェルタリン複合体因子群による造血幹細胞のストレス保護機構」です。

 シェルタリンはテロメア特異的複合体(*POT1, TPP1, TIN2, TRF1, TRF2, RAP1によって形成される)で、DNA損傷応答(DDR)を抑制することで、テロメアを保護することが知られています。POT1については、これまでテロメアの保護について多くの研究が行われてきました。一方、我々は造血幹細胞(HSC)をニッチ分子Angiopoietin-1 (Angpt1)で刺激することで発現が変動する分子を探索し、その1つとしてPOT1aを見いだしました。

 POT1aについては、従来知られていたDDR抑制、テロメア保護に加え、活性酸素種(ROS)の産生を抑えることでHSCの機能維持に働くことを明らかにしました。またその中で、老齢マウスから分離したHSCにPOT1aを導入すると老化HSCのリンパ球への分化能が回復することを見いだしました。この結果から、POT1a/POT1が一旦低下してしまったHSCの機能回復に有用ではないか、また、HSCの機能低下の防止をサポートするのではないかと考え、今回採択していただいた研究テーマへとつながっています。

 POT1aがHSCのROS産生を抑えることや代謝制御に影響することは新しい発見ですが、メカニズムが分かっていませんでした。そこで今回採択された研究では、POT1aによるHSC保護の分子機構を明らかにし、その成果をHSCの機能回復に応用したいと考えています。

研究者を目指すきっかけ、血液分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 私はもともと歯科医師で、歯学部の学生時代に歯周病で骨吸収に関わる破骨細胞について興味を持ったことが研究を始めるきっかけでした。その後、大学院2年生の時に、造血研究の第一人者である須田先生の研究室に国内留学する機会をいただき、破骨細胞の前駆細胞の同定をテーマとして本格的な研究を始めました。その際に、FACSの操作技術を習得しました(当時のFACSは現在と違って複雑で、操作が難しい装置でした)。FACSのテクニックは私の研究キャリアの中では重要で、破骨細胞研究の後には、マウス胎仔からの間葉系幹細胞を同定・分離に役立ちました。その後は、静止期にある造血幹細胞の同定とニッチによる制御機構の解析、骨髄ニッチ細胞の分離と機能解析などの研究を行い、現在に至っています。

 ということで、最初は骨を溶かす破骨細胞、次に骨と骨髄形成に関わる間葉系幹細胞、さらに、できあがった骨髄でどのように造血幹細胞が機能を維持されているのか?というように興味の対象が変わっていき、気がついたら血液の分野に進んでいたという感じです。造血幹細胞研究については素人だった私ですが、須田先生をはじめ、研究室のメンバーからいろいろとサポートしていただき、何とかやってくることができました。

これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?

 (直ちには浮かんで来なかったのですが)熊本時代から現在までのことを改めて思い返してみたとき、Cell (2004) の論文を投稿してからアクセプトされるまでの過程がとても印象に残っています。

 このとき、リバイス原稿を投稿してから返事が返ってくるまでの間に、論文がリジェクトされる夢をとてもよく見ました(かなりの頻度でした)。別のバージョンもあって、エディターから「Cellはrejectだけれど、他の雑誌ならacceptする」と言われ、私以外はみな「それでいいのではないか」と言っていて、「もう少しなのになんで!?」と思っている夢も見ました。なぜか不思議なことに、論文がアクセプトされる夢は見ませんでした。(結局、論文は受理されたので良かったのですが)

 その頃は、論文を通すことにかなり努力し、集中していたことから、イヤな夢を見たのでしょう。私は普段はどんな夢を見たのか全然覚えていないので、このことはとても印象に残っています。で、何を言いたいのかというと、研究者として自身の研究を成功させることに集中し、もがく時期があったのは良い経験だったということです。しかし、いまはこういった夢を見ることが全然ないので、少々危機感を持っています。

九州大学のセットアップ前後(左:2014年、右:2019年)の実験室の様子です。
何もない部屋を見たときにはどうしようかと思いました。

血液分野に挑む若手研究者へのエールをいただけますか?

 私が他の方々にアドバイスを送ることができる立場にいるのか分からないのですが、若手研究者や学生の皆さんには、興味を持っているテーマに関して、課題を解決するためにはどうしたらいいのか、常に考えるようにしたら良いのではないかということをお伝えしたいです。私が大学院生の頃と比べると、最近は研究者を取り巻く環境が目まぐるしく変化し、さらに技術的な進歩も加速しています。そのような中にあっても、周囲の状況に流されることなく、粘り強く、さらに「よく考える」ことが大事なのではないでしょうか。

 それから、いろいろな人達との出会いを大切にしてほしいということです。私も国内外の多くの人達と出会い、ディスカッションをすることで、研究課題の解決が進みましたし、さらに研究者として成長することができたのではないかと思っています。もちろん、研究以外のことでもいろいろな人と交流することはとても大切です。

将来の夢を教えてください

 個人的には、現在の研究テーマでもあるシェルタリン因子が、造血幹細胞をはじめとした組織幹細胞の機能再生につながるような成果を出せれば大変うれしいです。また、シェルタリン因子は、造血幹細胞のニッチ研究(Tie2/Angp1の機能解析)を進める中で見いだされたものなので、ニッチからのシグナルが幹細胞の保護や機能低下の抑制にどのように作用するのか、分子のネットワークを明らかにして行きたいと考えています。そして将来的には、我々の基礎研究の成果を臨床応用できるところまで展開できればと考えています。そのために、マウスだけでなく、ヒトサンプルを用いた研究を進めてまいります。

 研究室全体としては、学生がしっかりと研究を行い立派な研究者、社会人になっていけるようにサポートすると同時に、講師や助教の先生達がキャリアアップしてくれたら非常にうれしいです。

Profile

2021年度 化血研研究助成
新井 文用

九州大学 大学院医学研究院
幹細胞再生修復医学分野 教授

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