研究者インタビュー
赤痢アメーバ環境耐性を担う“球形”シスト壁の形成機構の解析
2021年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
赤痢アメーバは、ヒトの大腸に寄生しアメーバ赤痢症を引き起こす寄生原虫です。ヒトへの感染は感染嚢子(シスト)の経口摂取によって成立、感染成立後には下痢などの症状を引きおこします。治療薬が限られ、有効なワクチンも存在しないことから、アメーバ赤痢症の病原性の解明、新規薬剤開発が喫緊の課題です。
我々は、赤痢アメーバによる宿主への感染を成立させるシストの形成機構に着目した研究を進めています。シストは、赤痢アメーバが次の宿主へと到達・感染するための形態で、シストが外界での環境変化に耐えることは、次の宿主への伝播に不可欠な過程です。 “シスト壁”形成が重要と考えられてきましたが、その分子機構については不明な点が多いです。
今回採択していただいた研究テーマでは、赤痢アメーバの宿主への感染を成立させる重要な戦略の一端を担う「シスト壁形成におけるキチナーゼの役割」について、その分子機構の解明を目指します。そして、休眠化機構の理解、キチナーゼ阻害剤の探索から新規伝播阻止薬開発につながるリード化合物の提供、そしてアメーバ赤痢という感染症の拡大を阻止するストラテジーの提示を最終目標としています。
研究者を目指すきっかけ、感染症分野へ進むこととなった経緯を教えてください
研究者を目指したきっかけは、大学院生の時に、自分自身で研究課題を見つけ、疑問を提示し、実験によってその答えを出していく、この繰り返しを継続する過程で、研究の楽しさと論文となった時の達成感に魅せられたからです。
学部学生の頃から単細胞真核生物と代謝マップに強い興味がありました。単細胞真核生物である寄生原虫の代謝経路の解明を通じて薬剤標的の提示と阻害剤の探索、ひいては薬剤開発につながる研究に携わりたいという希望があり、感染症分野へ進みました。
女性研究者としてのキャリア&ライフパスについてご自身の経験を教えてください
佐賀大学の分子生命科学講座に着任して1年半で産休・育休に入ることになりました。その時は自分が休んでいる間に論文が出たらどうしようかと焦っていたのですが、講座の吉田裕樹教授から、その時はその時。なるようになるよ、とおっしゃっていただいたことが今でも印象に残っています。その言葉でとても楽になりました。実際休み明け、スムーズに研究に戻ることが出来ました。
このような経験もあり、男女問わず、出産、育児、家族のことで研究に集中できない時期もありますが、
私が休んでも地球はまわる(からきっちり休もう)
育休明けに地球は思ったより進んでいない(から焦らなくても大丈夫)
ということを実感しました。そして、この経験を適宜後輩、学生に伝えています。
感染症分野に挑む若手研究者へのエールをいただけますか?
研究題材とする生物が示す生命現象を見逃さず、担っている分子や分子機構の解明を丁寧に進めると、興味深い発見につながっていくと思います。
私の場合、ステージがある寄生原虫を扱うので経時的な変化を観察する実験が多く、マラリア原虫の研究していた時は、4時間おきに48時間観察することもありました。その時は大変でしたけれども、当時の指導教官の北潔教授は、実験が夜にずれ込むことに対して全く抵抗がなく、むしろ“楽しい!”と思わせてくださる先生でしたので、私も先生を見習って実験を行いました。やはり深夜の時間でも、その間に起こっている生命現象を見逃すのはもったいないと思っています。夜遅くまでかかっても逃げずに、必ず実験することにしています。
生命現象をベースにして、その現象を説明する分子や遺伝子を探索するアプローチが、私はモチベーションが上がります。自分がじっくりと取り組めるアプローチで、これからもやっていきたいと思います。
将来の夢について教えてください
赤痢アメーバが示す生命現象を見逃さず、担っている分子や分子機構を一つ一つ解明することを進めていき、代謝マップを作り上げていきたいと考えています。
赤痢アメーバの感染者数は約5千万人と言われており、特に、上下水道が整備されていない発展途上国ではいまだにアメーバ赤痢が蔓延しています。新規薬剤開発が急務ですが、私が赤痢アメーバの代謝マップを作成することで、他の研究者がその情報を用いて標的候補を探索することに繋がればいいなと思っています。
研究はとにかく積み重ねです。赤痢アメーバのシスト壁形成におけるキチナーゼの役割の解明と並行して、代謝マップの研究もコツコツと続けていきたいと思います。
Profile
2021年度 化血研若手研究奨励助成
見市 文香
長崎大学
熱帯医学研究所 教授