研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

ウイルス感染に伴う上気道定着細菌のニッチ拡大と肺炎の病態形成を規定する宿主・細菌因子の探索

2021年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 インフルエンザは冬期に流行する感染症であり,毎年日本国内だけでも1千万人が罹患し,多い年では高齢者を中心に1万人が重症肺炎により命を落とされています.実際には,ウイルスだけでなく,肺炎球菌などの細菌の感染による細菌性肺炎を合併し,重症化することが知られていましたが,その詳しい仕組みは不明でありました.私はインフルエンザウイルスが感染した気道組織では、細菌の「足場」となるような分子が発現することで,細菌感染に対する感受性が高くなるのではないかと考えて研究を行ってきました.

 これまでの研究で,インフルエンザウイルスが感染した上気道組織では,小胞体に局在するGP96が異所性に表出し,二次的に感染する肺炎球菌の肺組織への伝播と定着を助長させることで重症肺炎の発症につながることがわかってきました.また,GP96の異所性表出を阻害する薬剤をマウスモデルの鼻から投与すると,肺への細菌定着が劇的に減少するだけでなく,肺炎による肺組織の傷害が著しく抑えられることもわかりました.そこで,このGP96を創薬ターゲットとして活用できないかと,現在その開発に着手しています.一方で,なぜGP96が炎症を引き起こすのかは分かっていないので,並行してその研究も進めています.

 今回採択いただいたテーマでは,ウイルスが感染した気道組織で惹き起こされるストレス応答に着目し,細菌の伝播や肺組織における炎症応答との関連を明らかにすることにより,新たな肺炎の治療法の開発につなげたいと考えています.この研究で重要なポイントである分子間相互作用の解析に不可欠なSPR解析装置が故障したときには,ご支援いただいた助成金で迅速に修理を行うことができました.不測の事態による助成金の使途変更についてもご配慮いただき,研究を継続することができましたことに大変感謝しています.

研究者を目指すきっかけ、感染症分野へ進むこととなった経緯は何ですか?

 徳島大学工学部 学部4年生の時に,環境微生物を制御する殺菌消毒剤を設計・合成し,その作用機序や耐性化機序を明らかにすることで産業に応用する「微生物制御工学」の研究室に配属されました.研究室を志望した動機は,先輩から学部卒で就職するにはその研究室が1番有利だと教えられたからいう不純なものでした.そんな私に恩師である高麗寛紀先生は,「環境にやさしく,ヒトの生活と健康を守る消毒剤を開発する」という目標を分かりやすく登山に例えて熱く語ってくださり,気づいたときには博士課程に進学し,高麗先生と一緒に山の頂上を目指すことに没頭していました.当時,私も微力ながら開発にたずさわった消毒薬が今回のコロナ禍でも活躍したことを誇りに思っています.

 学位取得後,大阪大学歯学部の川端重忠先生の教室で教員として研究や教育にたずさわることができる大きなチャンスが舞い込んできました.着任当初,ヒトの身体の仕組みや感染症研究についての知識や実験技術が全く持ち合わせていなかった私を,研究室の先生方は根気強くご指導くださいました.また,川端先生は自由な発想を尊重し,大阪流に言うと「やってみなはれ」とやってみたいことを全て実行できるような環境をいつも整えてくださいました.気がつけば,ヒトの身体の中で起こる病原体と生体防御の攻防に魅せられて,感染症研究をライフワークにしたいと考えるようになりました.

女性研究者としてのキャリア&ライフパスについてご自身の経験

 女性研究者としてのキャリアについて,他の職種では「ガラスの天井」があるという話を良く耳にしますが,私自身はこれまでに一度も感じたことはありません.私がこれまで,人や環境に恵まれていたという背景はもちろんあると思いますが,近年ではむしろ,プロモーションや研究資金の獲得などでもどちらかというと女性が優遇されている印象があり,とてもありがたく感じています.しかし,今私たち女性研究者が自由に研究に没頭できる環境が整っているのは,これまでに女性研究者の先輩方が道を切り開いてくださったからだと感謝しています.そして今度は私たちの世代が,未来の女性研究者のために,道を太く長くすることも使命の一つだと思っています.

今後の応募者へのアドバイス、感染症分野に挑む若手研究者へのエールなど

 私は今回,若手研究奨励助成に採択いただき,新たな実験手法を取り入れて,研究を発展させることができ大変ありがたく思っています.実は前年度は残念ながら採択には至りませんでしたが,あきらめず再度チャレンジしてご支援いただくことになりました.若手研究者にとって、自身で研究資金を獲得することは研究面ではもちろんですが,同じ支援をいただいている研究者との交流を通じて新たな世界が広がると思います.本研究奨励助成は,これだけの金額をご支援いただけます.十分に新しい領域にも挑戦することができ,研究の裾野も広がると思いますのでぜひチャレンジしてください.

 新型コロナウイルス感染症が発生し,改めて,病原体とヒトの闘いは永遠に続いていくのだと痛感しました.感染症は、病原体自身が持つ病原性とヒトの生体防御の闘いをベースに,環境因子などの要因が加わって非常に複雑な仕組みで成り立っています.感染症を解き明かすためには,多種多様な背景をもつ研究者が集結することが必要かと思います.若手研究者の方々には,柔軟な発想で他分野の研究者とも協力して,新しい感染症研究に挑んでいただきたいと思います.

将来の夢、研究を発展させるビジョンについて

 私は感染症分野の研究をはじめてから,わからない現象を解明したいという探究心はもちろんですが,「いつか社会に還元したい」という強い思いがずっと頭の中にあります.そして,今回の新型コロナウイルス感染症の流行において,予防法だけでなく治療法を確立することの重要性を強く認識しました.感染性肺炎は,これからの社会が目指す健康寿命の延伸のためにも重要な疾患であります.私たちの身体の中で起こる病原体と生体防御の闘いを正しく理解し,肺炎の予防法と治療法の確立につなげていきたいと思います.また,私自身は女性であることで研究者として特別なことは感じたことはありませんが, ライフイベントをきっかけとして,研究をあきらめてきた優秀な女性研究者をたくさん見てきました.研究室を主宰する立場になったとき,男性や女性であることは関係なく,研究しやすい環境を整備し,一つの大きな山の頂上を目指せるようなチームを作りたいと考えています.

Profile

2021年度 化血研若手研究奨励助成
住友 倫子

大阪大学 大学院歯学研究科
口腔細菌学教室 講師

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