研究者インタビュー
抗トキソプラズマ生体防御応答とその破綻による病原性発揮メカニズムの解明
2021年度 化血研研究助成
研究内容について教えてください
トキソプラズマは世界人口の3分の1に感染していると試算されている日和見感染症を引き起こす病原性原虫です。トキソプラズマは全ての恒温動物の有核細胞に感染することができ、宿主の細胞の中でしか増殖できません。トキソプラズマに対して宿主は免疫系を作動させます。具体的には、トキソプラズマの構成成分を自然免疫系が認識し、それをもとに獲得免疫系から大量のインターフェロンが出されます。そのインターフェロンが再びトキソプラズマ感染細胞を刺激し、細胞自律的免疫系が作動し、直接トキソプラズマに作用します。この細胞自律的な免疫系がトキソプラズマをどのように非自己として識別しているのかよくわかっておらず、この生体防御系はトキソプラズマのみならず他の細胞内寄生性病原体にも重要なので、この全容の解明をテーマとしています。一方で、高病原性トキソプラズマは様々な病原性因子を放出して、宿主細胞内でインターフェロンに対抗するシステムを持っています。近年、放出され宿主に直接作用する狭義の病原性因子だけではなく、トキソプラズマがインターフェロンの作用した宿主内で生きていくための原虫因子である広義の病原性因子もトキソプラズマの病原性発揮に重要であることが示唆されていますが、その全容はほとんど分かっていません。今回の採択テーマではそのような広義の病原性因子を網羅的に同定し解析することで、病原性因子の概念を変えたいと考えています。
研究者を目指すきっかけ、感染症分野へ進むこととなった経緯を教えてください
私の家族や親戚に研究者が多かったため、研究者は目指すものではなく、当たり前の「家業」のようなものだと思っていました。感染症分野に進むこととなったのは、学部生時代の病理学・免疫学の研究者であった父とウイルス学者であった叔父の助言が大きかったと思います。それぞれ、宿主と病原体の研究をしていて、父からは生体防御という総論的な話と、叔父からは個別のウイルスという各論的な話を聞き、宿主と病原体の双方の攻防を研究してみたくなったということが経緯です。そこで、3年次の夏休みから4年生の間、叔父が主宰する研究室に入り浸り、HTLV1が引き起こす病気の研究を行っていました。感染症研究って面白いなと思うと同時に、モデル動物を使った免疫学の研究の大切さにも気が付きました。当時、2~30年前は免疫学分野ではマウスの遺伝子ノックアウト法が使われ始めた所であり、ある一遺伝子のノックアウトによりマウスの免疫力が大きく変化することがクリアーに観察でき、私の性格にも合っていると感じました。そこで、大学院は免疫学分野でノックアウトマウスを自由自在につくれる研究室に進学し、ノックアウトマウスの作製を通して、宿主の自然免疫学研究を思う存分やりました。
博士取得後、病原体としてトキソプラズマという寄生虫の研究を始めましたが、これは助教となった時に所属教室の教授から「寄生虫(トリパノソーマ原虫)に対する免疫系」をテーマとしていた学生たちの指導をするようにとの業務命令があり、寄生虫免疫という分野があることを知りました。なぜ私自身がトキソプラズマを選んだかは、 ① マウスでヒトでの疾患を起こせる(つまり、社会的に重要な病原体がマウスで研究できる) ② 遺伝子欠損法が確立されている(マウスの分子遺伝学のようなクリアーな結果が出る) ③ 宿主と病原体の両方の分子遺伝学をやっている研究者が世界的にいない ということで選んだと思います。まとめると、様々な周囲の人々の助言により、感染症分野に進むこととなったのですが、そこに自分がやりたい好きなことが偶々あったということでしょうか。
これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?
2つあります。
1つは大学院生に体験したことです。修士課程1年生で誰でも興味を持っていてみんななっているだろうというテーマ(ハイインパクトな仕事)を与えられ、やっていたテーマが4つ立て続けに世界的な競争に巻き込まれました。どのテーマも1週間論文を投稿するのが遅かったら、他のグループに先を越されて論文発表できなかったであろうという体験です。どのテーマも失敗がゆるされず、考えられる限り最短で、正確かつ同時にいくつもの実験を並行する必要がありそれをこなした上で、最後は運まかせだったという点で、サイエンスの世界にも「お天道様」がいることを感じました。
2つ目はトキソプラズマの研究を全くゼロから組み立てたことです。誰かに教わったわけではなく海外の大家の先生から材料だけもらって、自分で実験機器を揃え、論文を見ながら見よう見まねでやりました。トキソプラズマは家畜の伝染病なので所持や輸入に関して農水省の許可が必要で、感染症研究を開始する以前に環境を整えるのに多くの時間がかかったことが印象に残っています。研究内容は当時トキソプラズマのあるタンパク質が注目されており、その解析に寄生虫学的な手法でしか研究してこなかったグループでは数か月掛かっていましたが、私がこれまでやってきた免疫学的な手法で行うと4~5日で済みます。そのおかげで海外の先行クループを追い抜き、着手から2年で最初の論文を出した時に、世界中から大反響を頂きトキソプラズマ業界から受け入れられました。いい仕事をすることが重要(インパクトファクターの高い仕事という意味ではなく)であると実感しました。
今後の応募者へのアドバイス、感染症分野に挑む若手研究者へのエールを頂けますか?
(今後の応募者へのアドバイス)
採択されようとするウケの良い表面的な内容ではなく、自分が本当にどんなことに興味があって感染症研究をやっているのかということが査読者に伝わるような申請が重要なのだと思います。
(若手研究者へのエール)
私のように、助教やポスドクになって初めて病原体を扱う人もいるかと思います。その病原体(山本研では寄生虫)など興味がない、やっても意味がないなどと最初から毛嫌いするのではなく、一期一会と思って1-2年ぐらいは腰を据えて扱ってみてはどうでしょうか?やっている内に面白くなり、道が開けると思います。
研究を発展させるビジョンについて教えてください
病原体が病原性を発揮するためには、宿主の中で生きていかなければいけません。宿主内の環境は培養ディッシュとは異なり、とても過酷な環境です。その中で生きるために必要な適合因子(fitness factor)があり、その極一部が病原性因子であると考えられますが、その全容はわかっていません。今後はその全容を解明し、宿主免疫系毎の適合因子、さらには、分類不能な適合因子から未知の宿主免疫反応を発見し、トキソプラズマ-宿主の相互作用研究を行っていきたいと考えています。
Profile
2021年度 化血研研究助成
山本 雅裕
大阪大学 微生物病研究所
感染病態分野 教授