研究者インタビュー
宿主感染時に高発現するsmall RNAを介した百日咳菌の病原性発現制御機構の解析
2021年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
近年にいたるまで、細菌学研究は栄養豊富な培地中で培養した細菌を用いて行われ、病原因子の機能やその発現制御機構に関する多くの知見が得られてきました。しかし実際には、病原細菌は宿主内の様々な環境変化に対応して多くの遺伝子の発現を調節することによって感染を成立させることが、近年の次世代シークエンサーを生かした新たな解析技術によって明らかとなってきています。
私たちは、本研究課題で対象とする百日咳菌について、試験管培養時と宿主感染時の遺伝子発現パターンの比較を行い、宿主内では複数のsmall RNAの発現量が大きく増加していることを発見しました。small RNAはnon-coding RNAの一種であり、標的遺伝子に結合することで、タンパク質の発現を転写後レベルで制御することが知られています。そのため、宿主に感染した百日咳菌はsmall RNAを介してタンパク質発現プロファイルを変化させ、本菌の感染性・病原性に影響を与えている可能性が高いと考えられます。
今回採択いただいたテーマでは、上記の研究を展開させて、small RNAを中心とした宿主感染時の百日咳菌の病原性発現制御機構の理解を目指します。
研究者を目指すきっかけ、感染症分野へ進むこととなった経緯は何ですか?
高校時代に進路を選ぶ際、医薬品の開発が面白そうだという考えと、手に職を持っていた方が良いという親の勧めがあり、薬学部に進学しました。3年次の研究室配属では、乳酸菌を使ってアレルギーなど様々な病気の予防・治療に取り組む研究室を選びました。高校生の頃から花粉症を患っていたことと、毎日ヨーグルトを食べる習慣があったことが決め手でした。研究テーマはアレルギーではなく、炎症性腸疾患だったのですが、これまで未解明であったことを探求することの面白さに魅了され、修士課程に進学しました。その後、動物の医薬品などを製造する企業に就職したのですが、アカデミアで自由に研究することの方が性に合っていると考え、同じ研究室に博士課程として戻り、学位を取得しました。
学生時代は共生細菌である乳酸菌を研究対象としていましたが、一方で、なぜ病原細菌が存在するのか?宿主と共生できないのか?共生細菌との違いは何なのか?という疑問を抱いていました。そこで、学位取得後は病原細菌について研究したいと考え、縁あって、国立感染症研究所で百日咳菌の研究を始めることができました。現職でも引き続き、百日咳菌の病原性に関する研究を進めています。
これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?
まずは、国立感染症研究所で研究員(3年)として研究できたことだと思います。学生時代は基礎研究が中心で、実際に臨床応用される想像はあまりできていませんでした。国立感染症研究所では、全国から集められた菌株の解析を行い、臨床現場にフィードバックするなど、基礎研究と臨床現場をつなぐ仕事をさせていただきました。また、現場の医師の話を聞く機会も多くあり、基礎研究の成果を論文にするだけでなく、社会に還元する必要性を改めて考えさせられました。
現職(大阪大学微生物病研究所・助教)に移ってからは、国立感染症研究所とは異なる刺激を受けています。感染症や免疫学研究を世界的に先導する研究者が数多く在籍しており、所内で開催されるセミナーなどに参加するだけでも有意義な情報を数多く得ることができます。それだけでなく、トップジャーナルに論文が掲載される様子を度々目の当たりにするので、「次は自分が…」というやる気を生み出してくれます。今後、様々な分野で独立するであろう同年代の研究者と交流し、知り合いになれたことも貴重な経験だと感じています。
今後の応募者へのアドバイス、感染症分野に挑む若手研究者へのエールを頂けますか?
化血研の研究助成に限った話ではないかもしれませんが、PIとは独立した研究テーマを持つことが重要ではないかと思います。申請要領にも、「独立した研究課題を持つこと」が申請者の資格として記載されていますので、評価のポイントの一つではないかと考えています。私の場合、PIが先導するテーマと自分が主体で行うテーマがあり、前者についてはPIの研究費の分担者として、後者は自分で獲得した研究費(本助成金、科研費など)で研究を進めています。若手向けに300万円もの助成をしていただけることはほとんどありませんので、今回の助成は、自分の研究を進める上で非常に助かっています。
COVID-19の影響もあり、感染症研究の重要性は社会に広く知られたのではないかと思います。一方、ウイルスの話題ばかりが先行し、細菌など他の病原体への興味・関心はさほど高まっていないと感じています。感染の成立や病態発生のメカニズムが分かっていない細菌感染症はいまだ数多く存在しています。これらの難題に挑戦する若手研究者が増え、今後の細菌感染症研究が活性化していくことを期待しています。
将来の夢、研究を発展させるビジョンについて教えてください
百日咳菌の発見は1世紀前(1906年)に遡りますが、百日咳菌の感染成立機構(どの病原因子がどのように作用して宿主に感染するのか?)や激しい咳発作を引き起こすメカニズムについて、その全容はいまだ明らかになっていません。宿主内における百日咳菌の病原性発現調節機構を理解することで、菌の病原性・感染性に対する理解を深め、百日咳の感染制御に貢献できればと考えています。また、私たちは最近、マウス咳発作モデルを用いて百日咳の咳発症メカニズムの一端を明らかにしました(Hiramatsu et al. mBio 13:e0319721)。全容解明には至っていませんが、本成果をもとに、百日咳における激しい咳発作を抑制する薬剤の開発にも取り組んでいきたいです。
まずは、PIとして独立し、百日咳を中心とした研究を展開することが当面の目標ですが、最終的には、学生時代に抱いていた疑問である「病原性菌と共生細菌の本質的な違い」に対する回答を得られるような研究に発展させていければという夢を抱いています。
Profile
2021年度 化血研若手研究奨励助成
平松 征洋
大阪大学 微生物病研究所
分子細菌分野 助教