研究者インタビュー
MAT2Aを標的とした新しい自己免疫疾患治療法の確立
2021年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
自己免疫疾患は自己に対する異常な免疫反応で発症する難治性疾患です。その発症には遺伝要因と環境要因が関与します。網羅的ゲノム解析の普及で遺伝要因の解明が進んでいますが、遺伝要因の理解だけでは発症の予測も治療もいまだに難しく、環境要因がいかに自己免疫疾患の発症に関与するか、その機序の解明が必要です。環境要因は最終的にはDNAやヒストンのエピゲノム修飾を変化させて、遺伝子発現を撹乱することでBリンパ球の機能異常を引き起こし、自己免疫疾患の病態に密接に関わる自己抗体の産生を促している可能性があります。しかし、Bリンパ球の分化や活性化における環境要因とエピゲノム修飾の意義には不明な点が多く残っています。私たちは、環境要因のなかでも重要な栄養因子の一つとして、メチオニンの代謝が、エピゲノム修飾に必要なS-アデノシルメチオニン(SAM)のMAT2Aによる合成を介してBリンパ球の分化や活性化に重要である可能性に着目し研究を行なっています。本研究は、栄養が獲得免疫をいかに調整するかという基礎医学的に重要な機構の理解につながると同時に、自己免疫疾患の病態解明や新たな治療法の開発の端緒になると期待されます。
研究者を目指すきっかけ、血液分野へ進むこととなった経緯は何ですか?
私は医学部学生の頃から血液分野に興味がありました。血液分野の疾患は非常に多岐に渡っているものの、病型分類や診断方法が非常に系統だっており、また内科的な治療法でがんを克服可能である点に魅力を感じていたように思います。実際には、診断に苦慮することも多く、治療も必ずしも良好な転機をたどるわけではないですが、Bench to BedsideとBedside to Benchが非常に近く、日進月歩で治療法や診断法が進歩する当分野は大変魅力的であると今でも思っています。大学院生時代には転写因子が造血幹細胞や造血前駆細胞の分化をいかに調節するかというテーマで研究を行い、同一のゲノム情報を持った細胞がさまざまな造血細胞に分化する機序の解明には、エピゲノム修飾による遺伝子発現制御機構の理解が必要であるという考えに至っています。同時期に幸いにも次世代シークエンス解析を多数経験させていただき、これらの技術を駆使することで上記の機序の解明が可能なのではないかと考えるようになりました。まだまだ経験不足で、日々困難に直面していますが、少しでも血液分野の知を前に進めることができるように精進していきたいと考えております。
これまでのキャリアで記憶に残る出来事はありますか?
私は東北大学医学部を卒業後、3年間、宮城県の石巻赤十字病院で研修を行いました。初期研修1年目から2年目へと以降する頃に東日本大震災を経験しました。石巻赤十字病院は震災直後でも機能が維持されていた病院として、被災地医療に大きく貢献した病院の一つです。震災の翌日以降、救助された多くの患者さんが病院に運ばれ、その後しばらくの間、復旧に向けた医療が続きました。DMAT(災害派遣医療チーム)や全国の赤十字病院などから医療関係者が石巻に派遣されたことにより、連携され系統だった支援が行われ、被災地医療を継続することができました。私自身の貢献は微々たるものでしたが、当時は院内で一番下っ端の医師として、日々懸命に診療および生活をしていました。被災後しばらくして初めて支援物資として頂いたゆで卵の美味しさは今でも忘れられません。
3年間の研修後、東北大学の大学院生となり、卒後、米国ボストンで研究留学をさせていただく機会を得ました。留学生活が2年目に差し掛かる頃に新型コロナウイルスのパンデミックで3ヶ月以上にわたるロックダウンを経験しました。異国の地で外出もままならず、近くのスーパーで食料が買い占められていく状況に遭遇し、明日はどうなるのだろうという日々を送ることになりました。新型コロナウイルスに感染することなく無事帰国できたのは不幸中の幸いだったと思っています。
これらの経験から私は人間の復活力(resilience)を学んだように思います。どんな困難に直面しても、諦めず、ひとりひとりの力には限りがあるものの、みんなで協力しながら一つひとつ課題を克服することで状況は改善できると身をもって体験させていただいたように思います。この考え方は、困難に直面することの多い研究にも通じるところがあると感じています。
今後の応募者へのアドバイス、血液分野に挑む若手研究者へのエールを頂けますか?
私自身がまだ駆け出しの医師・研究者であり、アドバイスやエールなどといったことを送る立場にはないと思っています。日々勉強させていただきながら、周りの皆様の協力によりなんとか毎日を送っているというのが現状です。一方で、血液分野は前述させていただきましたように、Bench to BedsideとBedside to Benchが非常に近い医学分野であり、新しい解析技術や治療法がいち早く応用される分野の一つです。特に次世代シークエンス技術は血液分野に残されたさまざまな課題を解決可能とする強力なツールです。これまで多くの網羅解析により、さまざまなことがわかってきましたが、その分、未解明の領域も広がってきているように思います。解析技術自体はある程度汎用化され、これからはアイデアの重要性が高まってきているように感じています。一人でも多くの若手研究者にこの分野の研究に参加して頂き、血液分野に関連する疾患の病態解明や治療法の開発につながることを期待しています。
将来の夢、研究を発展させるビジョンについて教えてください
現在私たちの研究グループでは、転写因子やメチオニン代謝がいかにエピゲノム修飾を調整し、造血細胞の分化や機能を調整しているか、その機序の解明に挑戦しています。そのために必要な各種遺伝子改変マウスを多数準備しており、網羅的トランスクリプトーム解析をはじめとするマルチオミクス解析が実施可能な体制を整えています。特に今回の研究テーマであるメチオニン代謝は、さまざまな造血細胞の機能に重要であるのみならず、自己免疫疾患や造血器腫瘍、老化など、人類が直面している医学的課題においても重要な役割を果たしている可能性が高いと考えています。メチオニンとエピゲノム修飾をつなぐS-アデノシルメチオニン(SAM)の合成には酵素MAT2Aが必要であり、例えばMAT2Aの阻害が上記の病態の克服につながるのではないかと睨んでいます。まだまだ本研究はその緒についたばかりではありますが、本研究を推進するのに必要な独自の解析系を多数とり揃えており、これまでにない精度で研究を進められるのではないかと期待しています。
Profile
2021年度 化血研若手研究奨励助成
加藤 浩貴
東北大学病院
血液内科 助教