研究者インタビュー
ミススプライシング産物の時空間的運命の決定と白血病新規治療標的の同定
2021年度 化血研研究助成
研究内容について教えてください
様々ながんにおいて、RNAスプライシングを司るスプライシング因子に遺伝子変異が高頻度に生じていることが最近分かりました。スプライシング因子の遺伝子変異は無数の遺伝子においてスプライシング異常を起こし、この異常が発がんに結び付くと考えられています。私たちはスプライシング因子の遺伝子変異による白血病発症機構の解明(Yoshimi A, et al. Nature 2019)や、スプライシング因子の遺伝子変異を有するがんに対するスプライシング阻害剤の開発(Seiler M, Yoshimi A, et al. Nature Medicine 2018)に取り組んできました。一方で、「がんのスプライシング異常」という領域はまだ研究が始まったばかりで、未解決の問題が山積みです。今回の研究では、異分野融合的な最新技術を駆使して、細胞内に生じたスプライシング異常を有するRNAの運命を決定づけ、スプライシング異常による発がん機序の解明に取り組みます。
研究者を目指すきっかけ、血液分野へ進むこととなった経緯は何ですか?
きっかけは中学生の生物の授業で習った解糖系やTCAサイクルの話でした。少し変わった学校だったので、細胞がどうやってエネルギーを作り出して生きているのかを詳しく習いました。思い返せばそれは生物の進化に対して感じた驚きでしたが、それをきかっけにヒトの体の不思議に興味を持ち、医学部進学を決意しました。医学生の頃は循環器内科を進路に考えており、循環器専門医のための雑誌などをよく読んでいましたが、研修医となり最初にローテ―トした血液・腫瘍内科の研修がとても刺激的で、また同時に若い患者さんに白血病が多く、命を落とす現場に課題を感じ、血液内科医となる道を選びました。東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科教授の故平井久丸先生には医学生のころから勉強会でお世話になっており、平井久丸先生、神田善伸先生(現、自治医科大学内科学講座血液学部門教授)にお誘い頂いたことも影響したと思います。
これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?
血液内科医への道を選び、大学院時代は臨床dutyを終えた後に約2年間、基礎研究に打ち込みましたが、卒業後は病院スタッフとなり臨床や教育、後輩の指導や医局業務などに忙殺され、週に30個ほどミーティングがありましたので、自分が研究できる時間は1%もない状態でした。そこでもっと新しい研究の世界に飛び込みたいと考え、米国血液学会の際にMemorial Sloan Kettering Cancer CenterのOmar Abdel-Wahab先生とお話をしました。その場で小川誠司先生(現、京都大学腫瘍生物学講座教授)に紹介して頂いたこともあり、5分程度立ち話をしている間に留学が決まりました。何となく話していて相性が合い、またOmar先生が中心的に取り組んでいたスプライシングとは全く異なる研究テーマをたまたま二人とも考えていたこともあり、偶然にも近い形で、とても良い不思議な出会いであったと今でも感じています。
留学してからは日本での生活と180度変わって99%の時間を自分の研究に使うことができ、働いてはいますが毎日がバケーションのような気分で約5年間を過ごすことができました。上記のNatureの論文の投稿過程には様々なドラマがあり、あとから考えると一般的な感覚からしてかなり大変だったのだと思いますが、どこか休暇気分で霞を食べながら生きているような感覚で研究を続けた留学中は、投稿過程にも大してストレスを感じることなく、南米やヨーロッパなどに旅行をしながら楽しく毎日を過ごしていました。それもこれもOmar先生との不思議な出会いがあったからこそと感謝しています。
今後の応募者へのアドバイス、血液分野に挑む若手研究者へのエールを頂けますか?
およそ大した計画性もなく臨床・研究を続けてきたのでアドバイスなどができる立場にはありませんが、一つだけ挙げるとすれば、流れに身を任せてよい時と悪い時の見極めは重要だと思います。もちろん、現在の状況・仕事内容に満足していてやりがいもある、ということであれば立ち止まる必要はないと思いますが、特に臨床医の先生などは、余裕がない時には視野狭窄につながりがちです。そんなときこそ、5分でいいので立ち止まり、「今の自分の仕事が本当に生きがいになっているのか?」、「本当に今の仕事を今後〇〇年間続けていきたいのか?」、「自分は新しい挑戦から逃げているだけなのではないか?」、「このままでハッピーなのか?」などと自問してみるとよいと思います。誰しも挑戦して失敗したくないものですが、挑戦して失敗することもカッコイイことだと思います。
将来の夢、研究を発展させるビジョンについて教えてください
研究の世界は、よい研究成果を出して論文を発表し、研究資金を得て次の研究を進めるというサイクルが回るとつい満足しがちですが、特に医師として研究の道を選んだからにはもっと目的志向で研究を進める必要があると感じています。これは大変難しいことですし、それこそ視野狭窄につながりがちですが、個々の患者さんにしてみれば「待ったなし」の状態なわけですから、うまくバランスをとり、症状を改善する(できれば治す)ような薬を早く世に送り届けるというのを目標にして現在研究に取り組んでいます。また、研究室を主宰する立場となり、若手研究者に思う存分研究してもらうチャンスを提供し、できれば自信をつけて、さらに世界に挑戦してもらえるようなサポートをしたいと考えています。
Profile
2021年度 化血研研究助成
吉見 昭秀
国立がん研究センター
がんRNA研究ユニット 独立ユニット長