研究者インタビュー
細胞外小胞を用いたCOVID-19制御戦略の構築
2021年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
今回採択いただきましたテーマは、COVID-19の研究からスタートしたものです。2020年春、自分は当時米国サンフランシスコに留学中でしたが、文字通り突然、「明日から研究室は入室禁止になります」という旨が通知され、ロックダウンが始まりました。不要不急の外出禁止です。何ヶ月続くのか想像もつかない在宅ワーク生活となりましたが、それまでやっていた実験は中断されてしまったので、このままでは何のために留学にきたのかわからないという状況となってしまいました。しかも自分は医師ですので、日本の同僚は医療現場の最前線で未知のウイルスと戦っていました。この時間に少しでも何か新しくできることがないかと思って日本の研究者仲間と相談する中で、COVID-19の重症化を予測するエクソソームバイオマーカー探索研究にデータ解析担当として参加させていただけることになりました。結果の詳細は2021年6月に公表させていただいたものをご参照いただけると幸いですが(J Extracell Vesicles 10:e12092, 2021)、我々はCOVID-19重症化しない人の特徴として、血中エクソソーム内にCOPB2という蛋白質が多く含まれていることを見出しました。しかしウイルス感染によってどのようにエクソソーム内にCOPB2が送達されるのか、またその生物学的意義はまったく不明です。本研究テーマではこれを探索することを通じて、呼吸器ウイルス感染症における新規エクソソーム治療の開発などに繋げたいと考えています。
臨床と基礎研究を行う医師となったきっかけは何ですか?
自分は初期臨床研修を終えた後、出身大学の内科に入局し、その1年後に消化器を専門として選ぶのと同じタイミングで大学院に進学しました。消化器内科医としての臨床のイロハと研究のイロハを同時にトレーニングするタフな時間を過ごしましたが、心身ともに鍛えられた自分の原点といえる大学院の5年間でした。
大学所属の臨床医は、研究機関という大学の責務ゆえ、臨床と研究との両立を求められます。ひとことに研究者といっても、基礎研究に軸足をおくアプローチから多施設臨床研究を主導するようなアプローチまで、研究の仕方も様々です。大学所属の若手医師、特に大学院生は、多様な研究のイロハをまずは経験してみることを通じて、まずそもそも研究が好きかどうか、また自分の適性にあう研究スタイルはどのようなものか、といったことを模索する時間を過ごします。
自分も大学院の時に臨床研究も基礎研究も経験してきましたが、その中で感じたのは、それぞれの研究スタイルによって苦労の仕方が違うことです。時間のかかり方も違います。他にも、研究に関わる人の多さ、研究体制の違いなどで自分に合うか合わないかは変わってくると思います。そのようにいろいろな研究スタイルがあるから大学院ではそれを数多く経験し、自分に合ったスタイルを見つけることが重要だと思います。一つの与えられた研究に絞ってそれだけやるのではなく、いろいろなことに足を突っ込み、自分と相性の合う研究スタイルを見つけてほしいと思います。
自分の場合は、日々の実験の成功や失敗を同僚と一緒に一喜一憂する生活がとてもスリリングで心地よく、またちょっとした発見でも今このことを知っているのは世界で自分しかないという誇らしい気持ちになれるといった成功体験から、自分の手で実験を続けていけるだけの時間的余裕をもって研究を続けたいという気持ちが強くなりました。その結果、いまは病院での外来業務や内視鏡業務も継続してはいますが、薬学部の教員として研究に費やせるエフォートが多めのポジションで仕事をさせていただいています。
これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?
印象に残る出来事がたくさんありすぎてひとつに絞るのが難しい質問です。研究者の生活は文字通り、毎日が想定外、驚きの連続です。朝に自分のカレンダーを確認しながら、今日1日はこういう風に過ごそうと考えてもその通りになることはほとんどないように思います。
最近のことで挙げるとすれば、留学中に浮かんだアイデアをもとに新たな共同研究プロジェクトをスタートさせたことです。このプロジェクトは、自分がこれまで学んできたことと、これまでの研究生活の中で縁があった研究者仲間の得意技をうまく組み合わせればこんなことができるのではないかという発想から立案したものです。自分の提案が他の研究者にも「面白い」と思ってもらえることは、まさに研究者冥利につきるというものですし、また自分のアイデアで自由に研究者として仕事ができる環境になったことも大変感慨深いです。ぜひとも世界をアッと驚かせる成果につなげたいと考えています。
化血研の助成に採択いただいた際も、同じように大変勇気付けられました。ぜひご期待に沿えるよう尽力したいと存じます。
研究職を目指す大学院生へのエールをいただけますか
普段自分が意識していることは異文化交流です。医師は医師だけのコミュニティーを作りやすいのですが、やはりいろいろなアイデアと言うのはそのコミュニティーの外から生まれてくるものです。自分は大学院生のときから自分の専門とは別の分野の研究者と話すことが楽しく、学会などを活用して普段あまり自主的には勉強しない分野の話を聞いたり、専門家に質問したりしました。異文化交流の機会が自然には生まれることはなかなかないので、自分で探しに行くことで後から大きなチャンスがやってくるのではないかと思います。
現在自分はAnti-disciplinary Science Group in Keio (ASG-Keio)という若手研究者グループに混ぜていただいているのですが、この会のビジョンとしても掲げているanti-disciplinary (反分野的)な研究の創出がこれから益々求められると思います。医学系研究だけをみても、基礎研究者と臨床家の交流はまだまだ十分とはいえず、さらに自分のように、それぞれの立場の苦労を経験しているキャリアの人間がこの架け橋にならねばならないと思っています。また工学系の技術者や機械学習の専門家など、まったく自分とは別のキャリアの方とのコミュニケーションがきっかけで、新しいアイデアが湧いてくることも多いです。最近はCOVID-19の影響でセレンディピティに遭遇しにくくなっているとよく言われますが、オンラインイベントの普及によって海外のセミナーなどに参加しやすくなってもいますので、積極的に参加し、また積極的に発言してみることで思わぬチャンスをもたらしてくれることがあります。自分が苦手と思うことでも、新しいことに挑戦してみようとすることも糧になると思います。ちなみにASG-Keioは慶應内だけの閉鎖的な組織では決してありませんので、もし反分野的なネットワーキングに興味がある方がおられれば、ぜひご連絡ください。
将来の夢、研究を発展させるビジョンについて教えてください
今回のパンデミックで注目されたように、人類史は感染症との戦いでした。現在の日本の死因の第一位はがんですが、その中にはピロリ菌やパピローマウイルス、肝炎ウイルスのように感染症対策によって予防可能なものも多く存在します。また最近では、腸内細菌など様々な共生細菌とがんとの関係が注目されています。自分はがんの撲滅を目指して、がんの予防や早期診断へと応用すべく研究を続けてきておりますが、微生物に対する宿主応答の研究とがん研究の融合がいま非常に面白いと感じています。これまで、がん患者における血中エクソソームやそこに含まれるRNAに注目して研究を続けていますが、発がんを規定する微生物が血中エクソソームへ及ぼす変動を動的に観察する必要性を感じています。その意味で、今回のCOVID-19にフォーカスして立案した研究で習得した技術は確実にがん研究へ応用が可能です。将来の夢としては、やはり自分たちの研究成果から生まれた疾病予防策や早期診断法が、実際に医療現場での実用化に貢献できたら最高ですね。
Profile
2021年度 化血研若手研究奨励助成
松崎 潤太郎
慶應義塾大学 薬学部
薬物治療学 准教授