研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

沖縄古典型カポジ肉腫におけるKSHV vIRF2遺伝子変異の分子ウイルス学的解析

2020年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 私はカポジ肉腫関連ヘルペスウイルス(KSHV)を研究対象としています.このウイルスはその名のとおり,カポジ肉腫というがんを引き起こすウイルスです.このがんは,地中海沿岸の高齢男性において頻発する皮膚腫瘍として19世紀後半に発見されましたが,HIV-1感染によるAIDS発症時の免疫機能低下によっても発症することから1980年代に再度注目を集めました.その際KSHVがカポジ肉腫の原因ウイルスとして同定されました.

 もともと前所属において,KSHV複製の分子機構を中心に研究を展開してきました.その頃より沖縄離島(宮古島)でのカポジ肉腫の発症率がきわめて高いという話は耳にしていました.宮古島カポジ肉腫のウイルスゲノム配列も解析されていたこと,かつ琉球大学に異動したことをきっかけに,これについてウイルス側からアプローチしたいと考えました.採択いただいたテーマでは,宮古島KSHVでアミノ酸変異が集積している,ウイルス性タンパク質であるウイルス性IRF(vIRF2)に着目して研究を進めています.

 化血研よりご支援いただいた助成金は日々の消耗試薬はもちろん,いままで予算的に手の出しにくかった研究手法の導入や実施にありがたく使わせてもらっています.若手対象の単年度助成としては破格の助成金額であるため,このような用途にも用いること可能となりました.異動直後なこともあり,大変助けられています.

研究者を目指すきっかけ、感染症分野へ進むこととなった経緯は何ですか?

 研究者を志すきっかけの一つは,父の影響です.父は寄生虫や免疫細胞を中心に研究していたのですが,いろいろと愚痴は言いつつも楽しげに仕事をしていた印象がありました.加えて,実家に置いてあった活字や映像媒体たち,とくに未知のウイルスの襲来に立ち向かった研究者達を描いたSF作品や,ウイルスに関するドキュメンタリーによく触れていたことも思い出されます.結果として,かなり小さい頃から,単なる繰り返しではなく常に新しいことに取り組む職業である研究者に魅力を感じ,とりわけ感染症研究には強い憧れを抱くようになりました.

 学部・修士課程では免疫シグナル研究に関わっていたのですが,培養細胞とにらめっこしていても,なかなか表現型や現象の全体像がはっきりと見えてこないことにフラストレーションを抱えていました.もっとダイナミックな生命現象をとらえたい.それを実現できる研究対象として考えたのが,小さいころから興味を持っていたウイルスでした.そうして小柳義夫先生(京都大学ウイルス・再生研)の研究室でHIV-1研究を介して,ウイルス学の基礎や思考法,研究者としてのイロハについてまで叩き込んでいただきました.

これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?

 ある日突然,北大時代に個人的にお世話になった藤室雅弘先生から研究室に来ないかとお電話をいただきました.何事かとびっくりしたことを鮮明に覚えています.そして京都薬科大学の藤室研究室で心機一転,先生が長年取り組まれていたヒトヘルペスウイルス,とくにKSHVを中心に研究を始めることになりました.しかしながら,実際取り組んでみるとKSHVは実験しにくいウイルスでした.感染力も弱く,ウイルスも増殖しづらい.そのため遺伝子組換えウイルスも構築しにくい,感染性ウイルスが取り出せない.そんななか海外から,感染能の高い組替えウイルス改変系に関する論文が出版されました.周囲からはうまくいかないと否定的な意見ももらいましたが,組替えウイルス改変・感染実験系の導入に取り組みました.実験に十分な量の感染性ウイルスを得られたことが確認できたときは,誰もいない共同実験室のフローサイトメーターの前で,思わずガッツポーズを決めたことを覚えています.

 これを契機に研究の幅も広がり,質も向上させることができました.また,日本開催の国際学会での立ち話で,改変系導入がうまくいったと話したところから,泉屋吉宏先生(U.C.Davis)との国際共同研究にも発展していきました.そののち泉屋先生からのお声がけもあり,海外のKSHV学会にも通うようになりました.私自身,海外留学経験もなかったため,大変有り難かったです.第一線の研究者との交流を介して,自身の研究の世界が格段に広がっていくのを感じました.

 これらを通して,何か一つでも先んじて自分の強みにすることの重要さ,不器用でも自発的に動き出すことで世界への扉をこじ開けられることを学んだ気がします.

今後の応募者へのアドバイス、感染症分野に挑む若手研究者へのエールをいただけますか?

 私自身,本助成に採択いただいたことに未だに驚いているくらいなので,あまり気の利いたアドバイスはできないのですが,これまで応募者のみなさまが培ってきた自身の強みをベースにしたうえで,挑戦的でかつ地域性も含めたような特色のある新規課題を設定していくことが評価につながるのではと考えます.少なくとも自分の場合はそうだったのではと思います.

 これから感染症分野とくにウイルス学に挑む方へ.「ウイルスが好きだ,ウイルスはおもしろい」という小柳先生の言葉をそのままバトンとして受け渡したいと思います.限られた数の核酸・タンパク質・脂質などから構成された単なる粒子が,まるで意思を持つかのように,個体内または集団内で伝播していく様子は,宿主側にとって禍々しくあることも多いですが,生命現象としては非常に興味深いものです.さらにこれらの解明に取り組むことは,感染症克服にもつながる重要なミッションであることは,今回のパンデミックにおいて証明されたと考えます.ウイルス研究に参画してみませんか?個人的な感覚ですが,ここ十年でウイルスを研究する若手の方が増えてはいない気がしていますので…是非!また化血研さんでは感染症分野への大学院生への奨学助成も実施されています.九州・沖縄地方の国立大学に在学する学部生の方,大学院進学を考えている方は思い切って飛び込んでみませんか?

将来の夢を教えてください

 ヘルペスウイルスの仲間たちは,貝類からヒトに至るまでを自然宿主としています.さらには,細菌に感染するバクテリオファージとも類似した機能・構造を保持しています.このことは,ヘルペスウイルスが永く地球上の生物たちと共存してきたことを示しています.またヒトヘルペスウイルスは現在までに8種類が知られており,その感染形式・病態も様々です.これらの差異はどのようにして生じてきたのか.同じKSHVでもウイルス株間での病原性の違いを生む要因はなんなのか.これらにはウイルスなりの必然的な理由があったと推測できます.ウイルスの立場からの理解を深めることで,自然宿主である我々にとって有用な知見も生まれてくるのではと考えます.

 大きな夢ではありますが,いつかの日かこれらの答えにたどり着けるように,そのパズルのピース(可能なかぎり大きくて,要となるようなもの)を見つけられればと思います.

Profile

2020年度 化血研若手研究奨励助成
渡部 匡史

琉球大学大学院医学研究科
ウイルス学講座 講師

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