研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

口腔病原菌バイオフィルムに関わる特殊な分泌装置の基盤

2020年度 化血研研究助成

研究内容について教えてください

 私は大学院生の時から、タンパク質の細胞膜透過に関する研究を進めてきました。はじめに研究対象としたのは、SecYという膜タンパク質が中心となって構成されるタンパク質膜透過装置で、それは細菌の細胞膜に局在し、細胞内で作られた様々なタンパク質を細胞外へ透過させるはたらきがあります。私たちはX線結晶構造解析によりSecYを中心とする膜透過装置の構造を解き明かしてきました。近年、口腔感染症を引き起こす病原性細菌が持つタンパク質SecY2が新たに注目されています。SecY2は、SecYと構造が似ていると予測されるのですが、通常のタンパク質ではなく特殊な糖タンパク質を透過させることが分かっています。この糖タンパク質は口腔内で歯垢の原因となるバイオフィルムの形成と関連することもあるため、世界的にも注目されています。

 本研究においては、SecY2を中心とする膜透過装置の構造を、最先端のクライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析またはX線結晶構造解析によって決定します。それにより、両者のタンパク質膜透過装置がどのように輸送タンパク質の違いを認識し、それらを膜透過させているのかを解明することで、構造生物学的な面から生命現象の本質を捉えたいと考えています。

 膜タンパク質の構造解析においては大量の菌体を培養したり、高価な界面活性剤を用いたりする必要があります。また、学内における研究室の移動など、環境を整えて本研究を進めるためにはある程度まとまった研究資金が必要であったこともあり、このテーマで化血研の研究助成に応募いたしました。本助成金で挑戦的な課題に取り組むことができることを感謝しております。

研究者を目指すきっかけ、構造生命科学分野へ進むこととなった経緯は何ですか?

 小さいころから理科が好きで、その中でも化学に対して強い関心を示していました。大学は化学科に進学し、当初は炭素原子のみで構成されたフラーレンの構造に興味を惹かれ、その研究に携わりたかったのですが、4年時の研究室配属では諸事象によりフラーレンとは関係のない生物無機化学研究室に決まりました。そこではじめて、タンパク質や核酸の構造に触れることになったのですが、研究を進めるうちにその複雑さや構造の美しさに惹かれていきました。卒業後は、実家付近の高校で理科教諭となり、2年間化学を教えていた時期もありましたが、どうしても“自分で研究をしたい、学術論文を発表したい”という気持ちが捨てきれず、退職して京都大学大学院に入学し、伊藤維昭先生の研究室で研究活動を再スタートしました。入学直後に印象に残っていることは、伊藤先生から、君はSPring-8が実家に近いこともあり、構造解析がいいんじゃないかと言われ、それが研究テーマとなったことです。SPring-8は、小さいころからその建物が建設されていく様子をよく見ていたことが大きく影響し、将来この施設を使って研究をしてみたいという願望を持っていました。当時の私はSPring-8で実験ができることに喜んでいましたが、今振り返ると、当時は膜タンパク質の構造解析は非常に難しいテーマであり、もし状況を理解することができていたらこの研究を進めていなかったと思います。知らずに突き進むことができたのも運命であり、この出来事が構造解析の研究に進む、私の人生の大きな分岐点であったと思います。

これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?

 印象に残る出来事は、研究活動の中で最も重要なイベントである原著論文を発表した時です。特に、著名な雑誌に採択されたときの記憶は未だ鮮明です。最初に掲載された影響力の高い論文は、大学院入学直後から始めたSecYの構造機能解析に関する研究(Tsukazaki et al., Nature 2008)です。大学院に入学したのが2001年でしたので、論文を報告するまでに7年掛かりました。SecYの結晶化には修士2年生の時に成功していたのですが、分解能が低く行き詰っていました。当時は膜タンパク質を過剰発現させ構造解析をするということはほとんど行われておらず、すべてのことが手探り状態で非常に大変でありました。単体での結晶を得ることはあきらめて、SecY特異的なモノクローナル抗体を作成しそれとの共結晶化を試みて、やっと分解能の高い結晶を取得しました。ここまで大変時間が掛かりましたので、学位は別のテーマで取得しました。しかし私はどうしてもSecYの構造を解き明かしたくて、共同研究者の濡木理研究室へポスドクとして移り、この研究を続けていきました。伊藤先生にはテーマの継続を許可していただき、濡木先生には持ち込みのテーマの研究を進めることを許可していただきました。とても感謝しております。SecYの構造機能解析を進め、論文を投稿しましたが、論文採択までの道のりは辛く、論文投稿後も多くの追加実験を要求されました。その追加実験を、多くの共同研究者と共に行うことで、査読者にようやく認めてもらい出版に至りました。競争の激しい分野でしたので、発表時は別のグループのSecYの構造解析も同じ号に掲載されるという状況でした。その後も、影響力の高い論文を発表する時は多くの追加実験を要求されました。その時も共同研究者と協力して、集中して研究を進めました。論文は一人で発表できるものではありませんので、共同研究者には本当に感謝しています。今このポジションにいて、研究を続けられるのは共同研究者をはじめ関わって下さった皆様のおかげです。

今後の応募者へのアドバイス、ライフサイエンス分野に挑む若手研究者へのエールをいただけますか?

 まだまだライフサイエンス分野には重要な未解決問題が多く残されており、その解明には多くの試行錯誤・実験が必要です。これまですばらしい研究成果を挙げている研究者に共通しているのは確かな実験量であると思います。実験結果には、成功するにしても失敗するにしても、必ずそうなる理由がありますので、出てきた結果と真摯に向き合って次の計画を立てて進めていくことが、まず重要であると思います。また、ペースを乱さないことも非常に大事です。

 研究業界では私も未だ若手として扱われることもありますので、あまり偉そうなことは言えませんが、立場が変わるにつれ、自身の研究の進め方も次第に変化し、今ではデスクワークが増えてきました。大学院生のときは、毎日、平日は12時間以上、研究室で過ごし試行錯誤していました。その期間、研究が上手く進まず辛い時もありましたが、一番自由に研究ができ、実験を一番楽しめていた時期であると思います。研究の現場で思う存分実験ができるのは若い時の限られた期間です。若い時にもっと実験をしておけばよかったという後悔はしてほしくなく、若手研究者にはとことん研究を突き詰めてほしいです。

 構造生物学は、コロナウイルスのワクチン開発においても非常に重要な情報を与えてくれます。構造生物学が私たちに身近で、生活に関係深いものだと思ってくれたら嬉しいです。アカデミックな場で電子顕微鏡を用いて構造解析の研究を行っていた人が製薬会社に就職していくというのも多くみられます。製薬にも直結する構造生物学ですが日本ではこの分野に進む人はまだまだ少ないと感じます。私たちは、タンパク質の構造機能解析を通して生命現象を分子レベルで理解すべく研究を進めています。奈良先端大はそのような研究に果敢に取り組むことができる環境ですので、多くの学生には奈良先端大への進学を一つの選択肢として欲しいです。

 応募者へのアドバイス:『化血研研究助成』は、3年間3,000万円という研究費で自由に研究活動を進められます。このような予算規模と期間の助成金はあまり多くありません。特に研究室を立ち上げた方で研究を軌道に乗せたい研究者には、最適な研究費であると思います。研究対象も感染症領域(人獣含む)及び血液領域を対象とした研究で、比較的対象も広く応募しやすい助成金ですので果敢にチャレンジすることをお勧めします。

将来の夢、研究を発展させるビジョンを教えてください

 細胞内タンパク質の細胞膜を超えた輸送は、膜の透過障壁を維持したまま大きな分子を輸送するため、非常に精密な機構が存在します。また、本研究はSecタンパク質を中心とした膜透過装置の解析を進めていますが、感染症を引き起こすタンパク質の膜透過装置は、様々な特徴を持つ複数のタイプが見つかっており、今後も新たに発見されていくと考えられます。本研究期間の終了後、Secの更なる解析を進めるとともに、他のタイプのタンパク質透過装置についても研究を展開させたいです。

 タンパク質のX線結晶構造解析は、結晶内の全原子の座標が決まるため有益な情報が多く得られますが、一方で、静止像であることが更なる理解を妨げています。生体内において多くの膜透過装置は、複数のタンパク質が連携して機能していますが、今後、それらのタンパク質を含めた構造を解き明かし、さらに、輸送するタンパク質の取り込みから排出までの分子の流れを“動画で”解明したいという強い願望があります。困難も多いですが、今後も、特に難しいことや新しいことが判明する研究に注力していきたいと思います。

Profile

2020年度 化血研研究助成
塚崎 智也

奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科
構造生命科学 教授

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