研究者インタビュー
Rab GTPaseネットワークによるゼノファジー制御機構解析
2020年度 化血研若手研究奨励助成
研究内容について教えてください
オートファジーは、酵母や植物、動物など、すべての真核生物に備わっている細胞内の浄化・リサイクルシステムです。細胞内の不要となったタンパク質や細胞小器官をオートファゴソームという膜で包み込み、その内容物を分解・再利用することで、細胞の恒常性維持に重要な役割を担っています。さらに、細胞内に侵入した病原細菌なども選択的に分解することが明らかとなりました。このような細菌に対するオートファジーを特にゼノファジーと呼んでおり、私はこれまで、ゼノファジーの分子メカニズムの研究を行ってきました。
以前より、一般的なオートファジーとゼノファジーとではオートファゴソームの膜の制御機構に違いがあると考えていました。その分子機構の違いが明らかになれば、そこを標的とすることで、ゼノファジーの活性をコントロールすることで感染症治療に役立つような新規創薬開発に重要な知見となります。そしてこれまでの研究から、膜の輸送制御に関わるRabタンパク質の種類が大きく異なることがわかってきました。Rabタンパク質はオートファジーに重要な分子の一つですが、種類が60種以上あり、それぞれのRabタンパク質が各々の局在や活性化状態を変化させ、そのネットワークによって細胞内のあらゆる膜輸送をコントロールしています。そこで今回、感染時のRabネットワークがどのようにゼノファジーを制御しているのかを明らかにすることで、ゼノファジー特有の分子機構の解明が期待できるのではないかと考え、応募しました。この研究には、超遠心機や多くの質量分析解析、顕微鏡解析が必要になるため、そうした費用に助成金を使いたいと考えています。
感染症分野へ進むこととなった経緯は何ですか?
最初に新潟大学農学部の学部生の時に、微生物の研究に配属になったのですが、その時は行きたい研究室は定員オーバーで、空いていた研究室が微生物の研究室でしたので、そこに決めた感じです。そこは薬剤耐性やバイオフィルム、細菌の運動能についての研究をしている所で、医学部の先生が研究の指導をしてくださっていました。そこで感染症の研究に興味を持ちました。研究を始めてみると、仮説を立ててそれを検証するという作業がとても楽しく、気が付いた時にはかなりのめり込んでいました。たまたま自分が携わった研究テーマでうまく結果が出て、すぐに学会で発表する機会をいただきました。その時の学会で、他の大学の先生方が自分のポスター発表に興味を持ち、対等な感じで質問などをしてくれるのを体験し、それが新鮮で非常に楽しかったのを覚えています。その後、博士課程では当時東大の医科研にいました中川先生に指導していただきました。中川先生は研究に対する意欲もアイデアも豊富で、適宜アドバイスをくれながらも、自主的かつ自由に研究をさせてくださいました。特に感染症における、病原体とヒトとの相互作用や、病原菌の巧妙な免疫回避機構などの研究を進めていきたいと思いました。
これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?
大阪大学では、新興・再興感染症研究拠点プログラムの海外拠点の一つのタイ拠点で研究をさせていただきました。そこでは、実際にパンデミックが起きた現地でフィールドワークをする研究者の方も多く、色々なお話も聞くことができました。タイ保健省の職員の方と共同でレンサ球菌感染症の疫学調査を行い、その表現型や病原性遺伝子などの検査をしていると、タイの保健省の方は、地域によって性状が異なる菌株の特徴を捉えたうえで、治療薬を適宜変更したり新規の薬剤開発を行うことを議論されていました。そこで、現場で働く医師との研究に対する意識の違いを感じ、疫学や検査技術の研究の重要性を改めて感じました。
東京医科歯科大学では、テニュアトラック助教として採用して頂き、複数のメンターの先生にアドバイスを頂きながら研究を進めることができました。また中間報告会でも、大学内外の様々な先生方のコメントを頂けたのは、非常に有意義な経験でした。
京都大学に移ってから感じたこととしては、学部生(特に1、2回生)のうちから研究室で研究を行える環境が整っていること、また非常に研究に興味を持っている学生が多いことに驚きました。
今後の応募者へのアドバイス、感染症分野に挑む若手研究者へのエールをいただけますか?
私は今回、本研究助成に採択して頂いたおかげで、これまでチャレンジできなかった実験にチャレンジでき、本当に嬉しく思います。どのような基準で採択していただいたのかはわかりませんが、私のテーマのような、研究者の少ない分野でも採用していただけたので、まだ始めたばかりテーマの研究者の方でも可能性があると感じました。若手向けの研究助成でこれだけの金額を助成していただけることはほとんどありませんので、是非チャレンジして、研究を進めていってほしいと思います。
感染症分野は、昨今のウイルス感染症を見てもわかるように、社会的意義が高いにもかかわらず、わかっていないこと、解明しなければならないことがまだまだ多く残されています。今後、感染症を制御できる、共生できる社会を構築していくためには、さらにたくさんの若手研究者が参加してくれることが必要だと思います。
将来の夢を教えてください
将来的には、ゼノファジー(病原細菌を選択的に分解するオートファジー)に特異的な分子メカニズムを明らかにし、そこを標的としてゼノファジーを制御することで、細菌の細胞内増殖を阻害するオートファジー創薬を開発したいと考えています。近年では、大規模化合物スクリーニングによりサルモネラや結核菌の病原性を抑制できた化合物の作用機序を調べた結果、ゼノファジーの活性化が原因であったという報告も複数出てきております。しかし、こうした薬剤の多くはゼノファジー以外のオートファジーや、ゼオートファジー以外の細胞の機能に影響を及ぼしてしまう可能性が高く、様々な副作用が懸念されます。そうした観点からも、まず特異的な標的を見つけ出し、そこに対して有効なモダリティを選択し、創薬開発を進めるといった戦略が重要になると考えています。
Profile
2020年度 化血研若手研究奨励助成
野澤 孝志
京都大学大学院医学研究科
微生物感染症学分野 准教授