研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

感染ストレスによる造血幹細胞クローン競合のゆらぎと腫瘍化の理解

2020年度 化血研研究助成

研究内容について教えてください

 我々の研究室では炎症による造血制御や変容をテーマに研究活動を行なっております。近年、細菌感染が全身性に起き、細菌自体や細菌由来の分子が血中を流れると、末梢組織にいる免疫細胞だけでなく、血液の源泉であり骨髄で維持される造血幹細胞も直接認識し活性化することが分かり、それによって造血幹細胞は、造血機能を自然免疫優位な方向へと制御することを見出しました(Takizawa et al, Cell Stem Cell 2017)。これは、細菌感染によって自然免疫シグナルが活性化すると免疫細胞が大量に消費されるので、骨髄での血液産生を増やして免疫細胞を補充する必要があるためと考えられます。この現象は外来性の細菌感染だけでなく、腸内細菌のような共在菌の組織侵襲によっても引き起こされることを確認しております。しかしながら、造血幹細胞の活性化シグナルが増長すると、それがストレスとなり造血幹細胞の機能は低下してしまいます。このような造血幹細胞は遺伝子の変異が蓄積し、増殖を繰り返すと腫瘍化する可能性が高まることが知られています。今回、採択していただいた研究課題ではこれまでの研究成果に基づき、感染によって惹起される造血活性化が造血幹細胞の機能変容を引き起こし、悪性腫瘍化するメカニズムを解明することを目指します。

研究者を目指すきっかけ、血液分野へ進むこととなった経緯は何ですか?

 もともと研究者を目指しているわけではなく、大学時代はぼんやりと国際的に活躍できる仕事につきたいと思っておりました。しかしながら、大学卒業間際に襲った就職氷河期と国策によるポスドク1万人計画もあり、大学院に進むことを選びました。その際に、多田富雄先生の著書「免疫の意味論」に影響を受け、血液に流れるサイトカインやケモカインなどの炎症性因子に興味を持ち、免疫学者になるべく、東京大学医科学研究所の免疫分野にいらっしゃった高津聖志先生(現、富山県薬事研究所所長)の門を叩きました。通算で修士・博士課程の6年間お世話になりましたが、実際に関わったプロジェクトは助教授の高木智先生(現、国立国際医療研究センター部長)のシグナル制御分子、Lnkの機能解析で、免疫系だけでなく造血系でも働く分子であること、また同じ建物の隣に移ってきた血液学者・中内啓光先生の影響も受けて、徐々に造血研究へとシフトしていきました。その後、スイスに渡り、ベリンツォーナ生物医学研究所の造血研究室を主宰するMarkus G. Manz博士(現、チューリッヒ大学病院教授)の研究室に異動し、そこで造血幹細胞研究を本格的に始めて、ポスドクやグループリーダー、そして現在に至るまで血液を専門研究領域としております。

これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?

 大学院時代は実験に明け暮れる毎日で、寝ても覚めても実験のことばかり考えていました。研究所の周りにも研究第一線で活躍される先生方が多く、また同世代でも独立研究者を目指す同窓生、研究所仲間も多く、サイエンスだけなくキャリアパスの議論も活発にしており、独立研究者を目指すことが自然であったと記憶しています。

 その後のスイス研究留学でも、文化や言葉の違いはあれ、研究室・研究所仲間は上昇志向が高く、研究だけでなく研究以外のスポーツ・芸術でも優れた能力を発揮する人たちでした。交流は研究所だけにとどまらず、ハイキング・フェスティバル・スポーツイベントなどの野外活動でもあり、研究だけでなく生活をエンジョイする雰囲気がありました。8年に渡るヨーロッパでの生活で感じたことは、一般の人々にも今ある生活は科学や芸術の土台の上に成り立っているという意識があり、研究者への尊敬や科学に対する信頼・サポートを寄せています。

 今でも印象に残っていることは、ベリンツォーナ生物医学研究所(https://www.irb.usi.ch/)では、「Musica e Molecole(音楽と分子)」というタイトルで2、3か月に一度コンサートが開かれます。そこではまず各研究室の主宰者が一人1時間講演をして、その後、音楽家を招待したコンサートが1時間行われます。一般の人ももちろん自由に参加して良いのですが、子供連れの家族も多かったので、科学者もすごくわかりやすい説明をされていました。研究所は吹き抜けなのですが、上の階からでも多くの人が廊下から見下ろすほど大盛況でした。それが終わると、各研究者が作った各国の料理を囲んで、一般参加者と研究者の間で懇親会が行われます。こうしたイベントを通じて、一般市民から研究への寄付を募ったり、子供の時から科学に触れる機会を提供していることは素晴らしい文化であると思いました。

 これは古代より脈々と続くスコラ学の考え方、パトロン文化などが影響しているのではと個人的に考えています。戦後大きく成長を遂げた日本も科学技術によるものが大きいので、皆さんの科学や芸術への理解がより一層進むことを期待しています。そのためにも科学者も成果を分かりすく発信する必要がありますね。

今後の応募者へのアドバイス、血液分野に挑む若手研究者へのエールをいただけますか?

 私自身は時代の流れ、本や人との出会いを通して自分の進路、研究領域の選択、研究の方向性を決めてきました。本助成金の研究課題も自身の研究の延長線上にあり、アイデア自体はスイス時代から考えてきたことですが、私と同時期に熊本の現所属に着任した白血病・エピゲノムを専門とする指田吾郎先生との共同研究や意見交換を重ねて具体化したものです。また、それを実行するために必要な動物モデルも熊本大学にある動物実験施設のご協力を得て、作製してきました。つまり、色々な要素が絡んだ結果、始めて実行可能となった研究課題です。これから本助成金に応募する方へのメッセージとして、日頃から自身のアイデアを温め、様々な人とのオープンな議論を通じて発展させていただきたいと思います。今の時代、情報はインターネットを通じてたくさん集めることができると思います。ただし、インターネット上の情報を無作為にただ集めるだけで研究は進まないと思います。活発な意見交換や地の利を活かしてアイデアを磨き上げるプロセルが大切かと思います。

 若手血液学者へのエールとして、論文競争の激化、技術の高度化と高額化、大学のポジション不足の問題など色々な問題がありますが、若いうちは業績やポジションにかかわらず好きな研究をとことんやってほしいと思います。研究だけに集中して大きな成果を残すのは若いうちにしかできません。結果はそれに自然とついてきます。失敗を恐れず大胆な発想や創意工夫のある実験でご自身の夢を実現していってください。

将来の夢を教えてください

 大学院時代の経験を書きましたが、私は血液に流れる細胞や分子に強い興味があります。「炎症」という概念は古くから知られたものですが、一言で「炎症」といってもその生体反応は様々で、刺激の種類(感染、ストレス、組織破壊など)、その強度、持続期間によって異なるのだと考えています。将来の夢は「炎症」という小さな窓から造血制御を眺め、生体に有利なものと害のあるものを分子・細胞の言葉で分類できるのではないかと予想しています。そうすることで、幹細胞の状態や運命を制御し、生体防御に有利に働く血液・免疫システムを構築することができるのではないか、そのためのメカニズム解明や技術開発を目指していきたいと思います。

Profile

2020年度 化血研研究助成
滝澤 仁

熊本大学
国際先端医学研究機構 特別招聘教授

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