研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

普遍的なウイルスが腫瘍をもたらす謎の解明

2020年度 化血研研究助成

研究内容について教えてください

 Epstein-Barrウイルス(EBウイルス)は、ひとたび感染すると終生、潜伏するという特徴をもつヘルペスウイルスの一つです。このウイルスは、世界中のヒトの 95% が一度は感染を経験するウイルスで、通常は、小児~青年の時期に感染し、無症状か風邪のような症状をきたすだけで治癒します。しかしながら、ごく一部の個体に悪性リンパ腫などの「がん」を引き起こします。特に、慢性活動性EB ウイルス感染症は、日本で年間約数十人が発症する原因不明の難病です。ありふれたウイルスがなぜ一部のヒトにのみがんを起こすのかについて、これまで明らかになっていませんでした。私たちは、EBウイルスによる悪性リンパ腫では、ウイルスゲノムの一部を欠いた欠失ウイルスが高率に認められることを見出しました。本助成では、ウイルスの一部を欠失した変異EBウイルスを、培養細胞に感染させたり、ヒト化したマウスに感染させたりすることで、リンパ腫発症メカニズムを解析します。これまでのところ、いくつかの特定の領域を欠失させると、一部のEBウイルス遺伝子の発現が亢進され、腫瘍原性を高めることにつながるなど、極めて興味深い知見を得ています。本研究を通して、ウイルスが一部の個体にのみ腫瘍を生じるメカニズムを解明したいと考えています。

研究者を目指すきっかけ、感染症分野へ進むこととなった経緯はありますか?

 私は元々、小児科の臨床医でした。小児科臨床を少し研鑽した後に、小児では感染症はメジャーな研究分野ですので、臨床ウイルス学を研究するために名古屋大学の大学院に進学しました。大学院時代に附属病院で慢性活動性EBウイルス感染症という希少難病を経験したことが、EBウイルスを研究するきっかけとなりました。本疾患はきわめて稀なうえ、発症病理が全くわかっていなかったので、よい治療法もなく、その患者さんは短期間でお亡くなりになりました。立て続けにもうお一人の患者さんを診療しましたが、やはり残念な結果に終わりました。慢性活動性EBウイルス感染症は希少疾患ゆえに、教科書においても全く記載もなく、ましてや診断や治療のガイドラインもありませんでした。当時、本疾患は慢性の感染症と考えられていましたが、後に、リンパ増殖性疾患という腫瘍性疾患であることが、私たちをはじめ本邦のウイルス研究者の働きにより明らかとなっていきました。今でも、この慢性活動性EBウイルス感染症の発症病理を解明し、有効な治療法を開発することが、私のモチベーションの一つとなっています。

これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?

 EBウイルスは、1964年にAnthony Epstein博士とその当時の大学院生であったYvonne Barrさんが、電子顕微鏡でリンパ腫細胞中にウイルス粒子を観察したことにより「発見」され、彼らの名前にちなんでEpstein-Barrウイルスと名づけられました。現在、ヒトでは7種類の腫瘍ウイルスが存在します。B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスなど肝がんの原因となる腫瘍ウイルスや、ヒトパピローマウイルスが子宮頸がんの原因となることなどが発見されましたが、EBウイルスは最も古くに発見された腫瘍ウイルスなのです。

 2014年に、EBウイルス発見50周年を記念して、メモリアルシンポジウムがEpstein博士の母校である英国オックスフォード大学で行われました。Epstein博士はその当時93歳でしたが、とてもかくしゃくとされ、見事なメモリアルレクチャーをなされました。私もそのシンポジウムに招待され、発表の機会を得ました。偶然にも晩さん会で、Epstein博士のまん前に座ることができ、その発見秘話について、貴重な話を拝聴できたのは、忘れられない経験です。

感染症分野に挑む若手研究者へのエールをお願いします

 Epstein博士は動物のウイルスの研究をしていて、特にニワトリの腫瘍ウイルスを電子顕微鏡で観察していました。発見の発端となったのはバーキットリンパ腫という病気で、Burkitt博士が中央アフリカの小児の顎にできる特殊なリンパ腫を見つけたことに由来します。Burkitt博士は、バーキットリンパ腫が特定の地域でのみ発症することからウイルスが感染性の因子が原因ではないかと考え、本国に帰って講演をしました。それを聞いていたEpstein博士は、動物でも同様の症例がありましたので、ウイルス性のリンパ腫に違いないと考えました。

 Epstein博士はEBウイルスが感染した細胞を、博士が得意としていた電子顕微鏡で観察したところヘルペスウイルス様粒子を発見したのですが、私は晩さん会で不遜にも、発見には運も味方したのではと口を滑らせてしまいました。というのは、当時はヒトの組織から培養細胞を樹立する技術はまだ十分に確立していませんでした。Epstein博士はアフリカで採取した組織を、イギリスまで輸送してもらいました。博士の研究室に組織が到着したときには、たまたま腫瘍細胞が増えて、培養液が濁っていたそうです。博士は最初に見たときは、培養液に菌が混入したのではないかと思ったようです。いくつかの偶然が重なって、培養細胞が樹立できたのです。さらに、EBウイルスは潜伏するという特性があるので、感染している細胞のうちウイルス粒子を産生しているのは、ごくごく一部です。また、その量も他のヘルペスウイルスと比べると少ないので、現在でもEBウイルスを電子顕微鏡で観察するには困難です。

 ところが、博士は「私は、最初のグリッド(電子顕微鏡観察用の枠のようなもの)で見つけたし、またそこにウイルスがあると確信していた」とおっしゃいました。フランスの高名な微生物学者であるパスツールは「幸運は用意された心にのみ宿る(Chance favors the prepared mind)」と宣っています。研究者として、大事なことは、常に準備していること、そして一瞬の結果や変化を逃さないことであると感じました。

将来の夢、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 EBウイルスによる「がん」は全世界で毎年200,000例が発症していると言われていますが、「がん」全体からすると、少数かもしれません。一方、ウイルスがんは全がんのうち12%を占めるといわれ、またウイルス以外の病原体を含む感染がんは20%ともいわれ、がんの成因のうちメジャーなものです。本研究でまず目指しているのはEBウイルスによる悪性リンパ腫の発症病理の解明です。私は、本研究で得られた知見により、リンパ腫だけでなく、EBウイルス関連の他の腫瘍(上咽頭がんや胃がんなど上皮系腫瘍)にも共通する分子機構、さらには他の腫瘍ウイルスの発がんメカニズムを解明できる可能性があると考えています。この発がんメカニズムが解明されれば、新規がん治療開発に発展しうるため、革新的な創薬が期待できます。さらには、ウイルスがん特異的な遺伝子パスウェイ/ネットワークが解明できれば、ウイルス分野に留まらず、腫瘍生物学分野にも渡る新たな研究分野の創成につながるのではと夢みています。

Profile

2020年度 化血研研究助成
木村 宏

名古屋大学大学院医学系研究科
微生物・免疫学講座ウイルス学 教授

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