研究者インタビュー
ブロモドメインファミリー分子の転写後制御による造血器腫瘍の発症メカニズムの解明
2020年度 化血研研究助成
研究内容について教えてください
私は血液内科医としての経験をバックグランドに白血病などの発症メカニズムについて研究を進めてきました。米国留学中に、スプライシングなどの転写後制御機構が遺伝情報を調節し発がんにも大きく寄与していることに興味を持ちました。ゲノムレベルで異常がなくてもスプライシングにより、その分子の役割が大きく歪められる現象を報告してきました。帰国後、先行研究にヒントを得て、加齢性造血や血液がんに認められる「遺伝情報の脆弱性」を制御するメカニズムをブロモドメインファミリータンパクの視点から知りたいと思い応募させていただきました。例えば、スプライシング異常によりBRD9が喪失するとDNA損傷修復や複製ストレスの脱制御、転写・複製機構間の衝突など様々な現象が見られることがわかってきています。研究室を立ち上げて2年、ノックアウトマウスを用いた動物実験やスクリーニング、新しいシーケンス技術など、取り組みたかった実験と研究環境のソフト・ハード面での整備に使用させていただく予定です。
研究者を目指したきっかけは何ですか?
京都大学医学部を卒業後、まず神戸市立中央市民病院で2年間の初期研修(ローテーション)をしながら、やはりがんを診たい、その中でも外科に頼らずに単科で完結する血液内科という独特な世界観に魅了されました。友人も含めて若い方が理不尽に亡くなる状況にも心動かされました。当時は血液内科だけで100人以上の入院患者さんをかかえることもあり、昼夜を問わず懸命に診療にあたりました。そんな環境ですから、4年目になると随分と一人前になった気がして万能感に支配されるトラップに陥っていました。しかし、立ち止まって考えると、診断から治療までプロトコルや既報に従った「誰かが作ったもの」ばかりで創造的な仕事を何もしていないことに気づいたわけです。そこで、研究の世界に興味を持ち検査室や実験室に出入りするようになりました。当時の恩師である高橋隆幸先生には臨床検体を通して研究の奥深さを毎日のように教えていただきました。自由な発想で白血病の発症機構の研究ができそうだという理由で、5年間の神戸生活ののちに東大医科研の北村俊雄研究室の門を叩きました。
これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?
やはり3年半の海外留学は日本では得難い濃密な経験でした。留学先はNY、スロンケタリング癌センターのOmar Abdel-Wahab研究室に留学しました。30代半ばで独立してまだ3年目。私自身大御所ラボに行くと埋もれてしまう確信があったので、独立して間もない所で上昇気流に乗れるような環境を選びました。Omar先生の時に強引ながら猛烈に勉強し、グラントを書き、診療をして、論文を書くというスタイルや独自の時間軸は衝撃的の一言でした。厳しさや米国的ラボ運営に疑問を持つこともありましたが、それでも研究に行き詰まった時、ラボで問題が起きた時に順次解決していくリーダーシップは私自身が独立した現在となっては、その偉大さをさらに身に染みて感じています。特に諸々捗らずに陰鬱な気持ちで彼のオフィスを訪れてミーティングをしていると、部屋から出る時には自然と整理されて心が軽くなるマジックはいつか私も手に入れたい秘密道具です。
2015-2019年、パンデミック前のNYは平和で快適で世界一の熱気を持った街でした。そこで、研究仲間はもちろん、様々なイベントや趣味を介して研究以外の仲間を持てたことは一生の財産になっています。
今後の応募者へのアドバイス、血液分野に挑む若手研究者へのエールをいただけますか?
錚々たるキャリアの先生方が応募される中、私のような駆け出しPIにチャンスを下さったということは決してこれまでの経歴や業績で評価されているわけでなく、着想や個人の熱量を見られているように感じております。若手の先生方には、是非様々な場で自分の研究内容や未来への思いを言語化する訓練を積むことをお勧めします。学会での口頭発表はもちろん、化血研のような助成金申請も自身の存在を外部に知らしめる素晴らしい機会になります。そして、是非、視点を外に向けて海外留学で自分を試す機会を得てみてはどうでしょうか?私自身も臨床から研究に移ったとき、そして東京からNYに降り立ったとき、2回ゼロからやり直すチャンスをもらえたと思っています。多様な人種で構成されたNYで多くの人に助けてもらった恩を、留学生を沢山採用して教育することで、神戸で返していくつもりです。最後に、研究というのは行き詰まるのがデフォルトの世界ですから、違うチャンネルを持つことが大事ではないでしょうか。私の場合は山を走ることで、そのために六甲山系を抱く神戸に着任しました。体はいつか動かなくなるので、文化的なチャネルも持ちたいなと不惑を迎え感じております。
将来の目標を教えてください
私自身は研究プロジェクトを遂行する上で、一旦臨床的な価値から離れることが肝要だと考えています。患者さんにつながる発見を!と考えていると、思考が狭くなり何よりも研究者として息苦しくなってしまいます。何か面白い未知の現象を誰よりも早く捉えること、それが一番大きな目標です。そこから臨床にリンクするように深掘りして、新しい治療を提案できることができればいいなと考えています。
また、研究内容はもちろん、ラボを有機的かつサステイナブルに発展させていくことを描いています。ラボの一員として機能するのと、ラボをオーガナイズして機能させるのは全く別の能力のように感じています。これまでの15年間、高橋先生、北村先生、Omar先生など沢山のメンターから指導いただいた恩を次の世代につなげて世界に送り込んでいきたいと考えています。
Profile
2020年度 化血研研究助成
井上 大地
神戸医療産業都市推進機構 先端医療研究センター
血液・腫瘍研究部 上席研究員(グループリーダー)