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研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

オルガネラ制御を中心とした肝内型マラリア原虫の休眠・増殖分子基盤の解明

2020年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 世界最大の感染症の一つであるマラリアは、年間死亡者数が約40万人以上にもおよび、現在様々な対策が行われていますが、撲滅は困難を極めています。ハマダラカによって媒介されるマラリア原虫は、ヒト体内において肝細胞内(肝内型)と赤血球内(赤内型)に寄生しますが、撲滅対策を最も困難にするのは、肝内型マラリア原虫に休眠期が存在することが挙げられます。休眠期のマラリア原虫に対しては、通常のマラリア治療薬(症状を呈する赤内型を標的とする薬)は全く効果を示さないことから、症状が治まった後に改めて異なる治療薬の服薬が必要であり、流行地などでは根治に至らないケースが多発します。また既存の休眠期の治療薬は副作用もあることから、マラリアの休眠期を標的とする新薬開発が喫緊の課題となっています。

 マラリアの休眠期に関する研究は、その実験系が非常に難しく開発が遅れているのですが、我々はマラリア原虫の休眠モデル系の構築に国内で初めて(世界でも数か所だけ)成功しています。これらを用いて、肝内型マラリア原虫の核やオルガネラ制御などを中心とする休眠・増殖の制御機構・分子基盤の解明を試みます。助成金は、核やオルガネラの動態を精密に観察するため、蛍光実体顕微鏡や電子顕微鏡を用いた実験に使わせていただきます。

研究者を目指すきっかけ、感染症分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 大学の学部生時代はラグビーに熱中していましたが、引退後に、その情熱がそのまま研究に向きました。当時の私には難しい研究テーマを行っていましたが、自分で調べて得られた情報を元にして実験を行い、うまくいったときのうわぁ!という感動が、研究者を目指すきっかけとなりました。研究で難しい状態・困難な課題を打破した時の達成感は、ラグビーの厳しい試合が終わった後の達成感と共通するかもしれません。また学部の卒業論文の内容を学会で発表する機会を与えてもらったのですが、その時の発表経験と達成感、研究を通じて学外の様々な先生方と楽しく交流ができた事が、その後研究者を志すきっかけになりました。

 私は大学院博士課程から寄生虫学の研究室に入ったのですが、それは寄生虫の不器用な生き方が面白いと思ったこと、また寄生虫学の研究を行うことで感染流行地の困っている人々の力にもなれると思ったからです。ウイルスやバクテリアはシンプルな増殖を繰り返しますが、寄生虫は宿主や発育段階に応じて、わざわざ姿形を変えて、増殖の方法も変えながら宿主の中で生きていこうとします。寄生虫(原虫)は、池などにいるミドリムシなどと進化上類似点も多いことから、水辺で自由に生きる進化もあったはずなのに、わざわざ寄生する進化を選んだのです。生物として非常に不器用で(あるいは狡猾で?)興味深い。一方で、これらの寄生虫の影響で、世界中で非常に甚大な数の死亡者があり、多くの人々の困窮を招いています。マラリアの高度流行地を訪問した際に、病院でマラリア治療中の子供に会い、その地域にゾッとするほどのハマダラカを見かけた事も現在の研究を継続するポイントになっています。自分の興味を探求することが研究の醍醐味ですが、私の場合、その研究が困っている人の助けにつながる可能性があるという点も、今の研究の起点になっている気がします。自分の興味の追及が誰かのためになる、その道筋のわかりやすさが寄生虫学(感染症)研究の魅力の一つだと思います。

これまでのキャリアで印象に残っている経験はありますか?

 私のキャリアのターニングポイントとしては、オランダのライデン大学に研究員として留学した経験があげられます。在オランダ中に息子が生まれたこともあり、本当に楽しく充実した4年間でした。ライデン大学はマラリア研究においてパイオニア的な存在であり、私はマラリア原虫への遺伝子導入、ハマダラカを用いた感染実験、それらを応用したマラリアワクチンの開発など、日本ではできないような最先端の研究を思いっきり楽しみました。研究室のチームメイトにも、非常に恵まれていたと思います。本当に仲良しの家族のような仲間で、帰国した現在も連絡を取り合っています。生活面でも、オランダはサッカーが非常に盛んで、よくオレンジ色のユニフォーム(オランダ代表)を着て、一緒にサッカーをしたり、スポーツバーでワールドカップを観戦したり、非常に盛り上がったことは楽しい良い思い出です。オランダでは、サッカーの代表チームの試合日や祝祭日には、みんなオレンジ色をどこかに身に着けています。(Where is your orange? とラボで聞かれるんですよ。笑)

 順天堂大学には7年間(4年間の博士課程、助教として3年間)在籍していましたが、非常にアクティブな研究室で、研究者としての基礎体力を鍛えて頂きました。ここでの7年間の経験がなかったら、オランダでの4年間は楽しめなかったと思います。また、この在籍期間中に、都内の異なる大学などの4つの寄生虫学ラボが集まった合同のプログレスセミナーを定期的に行っていたのですが、このセミナーでの経験も非常に良かったです。本当に忌憚のない質疑応答ツッコミをして頂いたお陰で、研究者としてのコアを鍛えて頂きました。

 オランダからの帰国後は、東京慈恵会医科大学に在籍させて頂き、その後、現在の国立感染症研究所に異動しました。国立感染症研究所に移ってからは、独立した研究テーマを設定し自分がPIとしてやりたい研究を実施できる場を提供していただきました。一緒に異動してくれた学生さんと、二人で、ホコリまみれの未使用実験室の掃除にはじまり、機器の購入や研究室運営の練習など、全く無いところからのスタートで良いトレーニングをさせて頂きました。本当に荒野を耕し、畑を作り、種をまき、育ててきた感じで、最近ようやく収穫できる状態になりました。仕事が進まなくてしんどい時もありますが、今はチームメンバーも増えてとてもやりがいを感じています。

感染症分野に挑む若手研究者へのエールなどをいただけますか?

 昨今のご時世から、感染症に興味を持ってくれる若手が増えたらいいなと本当に思います。コロナ禍でも、「俺が、私が、なんとかしてやる」といった気概のある若手研究者と接点を持てたら嬉しいです。感染症の研究に終わりはありません。多少の流行廃りの波はあれども、ヒトが生物として地球上にいる以上、感染症が完全に消えることはないと私は思います。ヒトがいかに病原体を制御できるか?折り合いをつけられるか?だと思います。感染症研究に興味を持ってくれる若手が参入してくれたら嬉しいです。マラリア研究に興味を持ってくれたらもっと嬉しいです。

 現在のコロナ禍の状況は、ワクチン研究にとって一長一短の面があると感じています。ワクチン研究の重要性が再認識されていることは良いことなのですが、製品化を見据えた開発研究が推奨される流れが強調されています。もちろんそういったプロダクト研究が最も大事だと思いますが、製品化の開発研究だけでなく、今後の様々なつながり色々な研究の発展を生む基礎研究も大事にして欲しいです。特に若手研究者には、すそ野が広がるような基礎研究を大事にしてもらう方が、先の長い研究、思いもよらない研究に付与できるワクワクするような可能性がある気がします。アカデミアにおいては、そのような研究を推奨し、それに取り組む若手研究者を支援することが大事ではないかと思います。

将来の夢を教えてください

 肝内型マラリア原虫の休眠モデル系を用いた研究を進めることで、将来、休眠期原虫のオルガネラを標的とした新規薬剤の開発や、革新的なマラリア治療戦略につなげたいです。また、新たなワクチン開発に付与する分子基盤となる研究も展開したいと思っています。みんなが手出しできなくて、わからないことだらけのところに、我々が開発した実験ツールの提供やメカニズムを明らかにすることで貢献したいです。

 また一方で我々は、実験室内での研究にとどまらず、フィールドでの研究を展開しようとしています。ここ数年、東南アジア諸国では、人獣共通感染症としてのサルマラリアの報告が非常に増えています。特に、我々が休眠モデルとして使用しているサルマラリア原虫種のヒトへの感染事例が多数報告されています。これは森林伐採などによる影響もあるそうですが、元々はヒトマラリアだと診断した症例が、実はサルマラリアであったことが改めて分かったというケースも多々あるようです。また一方で現地では、無症状のマラリアキャリアーが多数いることは知られています。このような観点からマラリアという疾患を俯瞰すると、肝内型マラリア原虫はハマダラカからのヒト(あるいはサル)に感染するスタート地点であり、非常に興味深い“エントリーフィットネスの場”として重要であることが考えられます。唯一、WHOが限定付き部分承認したマラリアワクチン(RTS,S/AS01)は、その効果は限定的ですが、この肝内型を主たる標的としたワクチンであり、これらは偶然ではないと私は思います。これらの情報のパズルを組み立てながら、マラリアとの知恵比べを行い、マラリア流行地にいる人々の生活に貢献できる研究を、チームメンバーと共に将来展開したいと思っています。

Profile

2020年度 化血研若手研究奨励助成
案浦 健

国立感染症研究所
寄生動物部・第3室・室長

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