氣駕 恒太朗国立感染症研究所 治療薬・ワクチン開発研究センター1) Azam, A.H. et al.: BioRxiv, doi:10.1101/2023.03.15.532788, 2023. 2) Ojima, S. et al.: BioRxiv, doi: 10.1101/2024.04.14.589459, 2024.3) Kiga, K. et al.: Nature Communications, 11:(1), 2934-2934, 2020.9ファージは細菌に感染するウイルスである。細菌はファージの感染から身を守るために、制限修飾系やCRISPR-Casといった免疫機構を発達させている。さらに、細菌が多様な免疫機構を持っていることが明らかになり、これらは防御システムと呼ばれている。平均して一つの細菌は5つ以上の防御システムを持つと示唆されているが、ファージがこれらの防御システムをどのように攻略して細菌に感染するのかはまだ明らかになっていない。我々は、ファージ改変技術や自然欠失体を利用して、そのメカニズムを明らかにしようと試みた。T5の自然欠失体を利用した解析から、T5ファージが持つRad(Retron anti-defenseと命名)がRetronと呼ばれる一本鎖DNAを含む防御システムを阻害することを発見した1)。RadはRNaseとして働き、Retronの一本鎖DNAの前駆体のRNAを分解することで防御システムを阻害することが示唆された。さらに我々は、ファージ由来のtRNA-TyrがRetron-Eco7を阻害することも発見した1)。Retron-Eco7はPtuA/Bと呼ばれるエフェクタータンパク質を保有している。Retron-Eco7はファージ感染を感知すると、PtuA/Bを活性化し、細菌自身のtRNA-Tyrを分解し、自滅することでファージ感染の拡大を防いでいることが示された。興味深いことに、ファージは自身のゲノムにtRNA-Tyrをコードし、Retron-Eco7による自滅を防いでいることを見出した。また、我々はファージの遺伝子欠損ライブラリーを構築し、防御システムを阻害する因子をシステマティックに探索する手法を確立した2)。この手法により、26の防御システム-防御システム阻害因子の組み合わせ候補を発見し、そのうち少なくとも7つの防御システム阻害因子についてはその防御システム抑制能が確認された。一連の研究により、ファージが自身のゲノムに防御システムを攻略するための遺伝子をコードしていることが明らかになった。これらの発見は、ファージと細菌の攻防に関する新たな視点を提供し、将来的にはファージセラピーといった細菌感染症の治療法の開発3)や、バイオテクノロジーにおける応用が期待される。5. ファージの侵攻 〜細菌の防衛ラインへの挑戦〜
元のページ ../index.html#12